それは、ほんの戯れなのかもしれない。
切り離された状況が・・
いつもと少し違えられ置かれた状態に狂わされたのかもしれない。
そう・・全ては包み込まれた空間の所為だ。
「気が進まねぇ。」
今ので、今日何回目の台詞だろうか?日番谷は今朝の定例会議で寄越された書類に
目を通してから、ずっとこの状態だった。
「でも、隊長。仕方ありませんよ。」
「大体、先発隊が三番隊だろ・・・だったらオレらの出る幕なんてねぇよ。」
「ですから、尚更ですよ。事後処理に負傷者の確保。それに適切に責務が果たされたのか
などを後見するのも我々、後援部隊の役目でもありますから。」
「くだらねぇ。吉良がいれば充分だろうが。」
どうにか、こうにか乱菊が日番谷のことを宥めるが、その口調は変わる様子を見せない。
それも仕方のないことだろう。
今、唯でさえ人手不足の状態だというのに攻撃の要の三番隊、六番隊、十一番隊が
総て出払い・・そこに加えて日番谷が率いる十番隊すらも三番隊と合流させようと
するのだから、上の考えている事が知れぬのだ。
だが、下されてしまったものは仕方がないのだ。
甘んじてそれを受ける以外・・為す術はないのだろう。
「仕方ねぇ・・。総員準備出来次第・・早々に出立するから、そう伝えておけ。」
「はい。」
短く乱菊は応えると、一瞥して日番谷の下を離れた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
だが、実際・・戦地に赴いた日番谷らを出迎えたのは、
想像以上に深手を負っている三番隊隊士らの姿だった。
「これは一体・・・?!」
乱菊が思わず、口走った言葉にすぐに三番隊の隊士が答えた。
「予想以上に頭がキレる奴が虚の中にいたんです。それでこんな有様に。」
「市丸に吉良は?」
「市丸隊長と吉良副隊長は前線で指示を出されています。市丸隊長が攻撃の指示で
吉良副隊長が主に後方援護と敵をかく乱させるよう動の指示を出されております。」
粗方、現状の説明を受けると日番谷は的確な指示を乱菊をはじめとする部下に伝達する。
そして自らも市丸らの下へと駆けた。
「市丸っ!」
「これは十番隊長はん。逢えて嬉しいのは山々なんやけど・・
今はちょっとそれどころじゃないねんな。」
「アホか、お前は!」
どうやらまだ自分に構えるだけの余裕は市丸にあるらしいと判断すると、
視線を吉良に走らせる。
彼の下にも乱菊が加わり、どうにか行けそうな雰囲気だ。
「全く、君までここに来てしもうたら・・・あっちの方は大丈夫なんやろか・・?
碌な奴が残ってへんとちゃうやろか?」
虚の攻撃を難なく交わしながら、その一撃を確実に頭部に叩き込みながら
市丸は戯言を吐く。
「そう思うんなら、無駄口を叩いてるんじゃなくって・・さっさと片付けて
帰路につくのが先決ってもんじゃねぇのか?あぁ?」
こちらも負けじとばかりに、背後からの攻撃すら一瞥もくれることなく
薙ぎ倒してみせる。それに市丸は面白そうに笑んだ。
「やっぱり君は本当に面白い子やなぁ。いつか本気で相手してやv」
「嫌なこった!」
どれだけ経ったのだろう?
大分、虚の姿は減り・・あと少しというところまで来た頃だった。
「ちぃっ!!退け!!」
日番谷は小さく舌打をした。
数メートル先で、虚に追い詰められる形になった部下の姿が入ってきたのだ。
そんなのを見捨てることも見過ごすことも出来る性質ではないのは知っていた。
だから、日番谷は駆けて行くと、部下の隊士を庇い・・
入れ替わるかのようにその身を虚の前に滑り込ませた。
動けなくなっていた部下を他所へと無理やりに移動させたまでは良かったのだ。
だが・・状況は好転などしてはくれなかった。
元々、無理やりに割って入った所為か足場も狭く覚束ない。
一歩、判断を間違えれば後ろの崖下へとまっ逆様の位置に日番谷は立たされていた。
他の隊員らもそれぞれに苦戦したり駆け回っている所為か、誰も日番谷の状況には
気付きはしない。だが・・気付いたとしても
きっと手出しは日番谷自身が許しはしなかったであろう。
「しまった?!」
ズルリ・・と日番谷の利き足がぬかるみに嵌まる感触がした。
こういう場面では、一瞬のバランス感覚が命取りになるのだ。
ドン!!という鈍い音と共に来るであろう衝撃に
咄嗟に目を瞑り身構えたところで、
いつまで経っても日番谷を襲う事はなかった。
その代わり生暖かい感触と重みが日番谷に圧し掛かる。
「いっ、市丸!?」
「気ぃつけな、あかんで・・」
いつもの笑みが日番谷に向けられるが、すぐにそれが苦色を濃くする。
「おい!!」
市丸を支えて立ち上がろうとした、瞬間だった・・・。
グラリ・・と地面が大きく揺れる。
「なぁ?!地震だと・・・?」
ズズズズ・・・という音と共に地割れの音が響く。
グラグラ・・と揺れる大地に総ての動きが釘付けられる。
「・・・・・?!」
やっと、治まった辺りには壊滅させられた虚の残骸と負傷を追った死神たちが残された。
だが・・
そこに各隊の隊長の姿がないことに気付く者はいなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「おいっ、市丸!市丸!!」
「・・あぁ、十番隊長はん。怪我はないん?」
普段ですら白い肌をより一層蒼白くした市丸がゆっくりと身体を起こす。
「オレはなんともない。んなことより、お前だ。傷口見せろ!」
言うが早いか、日番谷は血の匂いを濃く纏う市丸の死覇装の袂をわった。
肩口から背中にかけて三本の鋭い抉り傷が付いている。
「いややわぁ・・大胆やなぁっ。まだ心の準備がって・・痛っ!
もっと、優しゅうしてやぁ。」
「阿呆・・兎に角、手当てを・・・」
ぐっと唇を噛むと日番谷は自身が携帯している薬を取り出した。
「少し、痛むぞ。」
「何してはるん?痛っ!!」
指を宛がわれて無理やりに拡げられた傷口に、奇妙な感覚で薬が塗りこまれていく。
「少しは我慢しろ。上手く薬が塗りこめないだろうが・・」
身体を捩って、何をしているのかと見ようとすれば
『動くんじゃねぇ!』と一喝される。
だが、辛うじて盗み見るとどうやら薬は薬草型であるのが見えた。
この型は大抵はそのままの形では使えないのだ。
それを日番谷自身が口に含み擦り潰して舌先を使って塗りこんでいるようだった。
「日番谷はん・・汚れる・・」
「仕方ないだろ、この形のしか持ってなかったんだから。
なんか文句あっか?」
そういう意味で言ったのではないのに・・、君が汚れてしまうと・・
ボクの血に・・
市丸は苦笑を漏らす。
ククク・・と身体を揺らせば、てめぇ・・動くんじゃねぇ。と文句が反ってくる。
丹念に薬草を塗りこんでいく日番谷の姿に
不謹慎かもしれないが、市丸はその侭押し倒してしまおうか?
などの考えが過ぎる。
「おい、市丸。・・てめぇも後で一緒に謝れよ。」
「へっ?」
応える間もなく、ピ・・ビリリッ!!と音がし出す。
「うわぁ・・・何てことしてはるん?!」
見やれば、日番谷は惜しげもなく自分の死覇装の羽織を引き裂いていたのだ。
「あとで、えらい大目玉喰らうで。」
「だから、てめぇも一緒に謝れって言っただろうが。」
そう言うと、手際よく巻き取ると市丸の身体に当てた。
シュル、シュル・・と包帯状になった羽織を日番谷は、その小さな手で巻きつけていく。
キュッと音がすると最後の端を結び終える。
「これで粗方の処置は出来たから大丈夫だろうよ。」
「おおきに。」
そう答えて、市丸は死覇装の袖に腕を通した。
「日番谷はん・・・。」
「ん?なんだ。」
「付いてんで。」
そう言うと、クィッと日番谷の口元を親指で拭う。
その口元には先程の薬草と市丸の血が薄く付着していたのだ。
「あぁ・・」
短く答えると、日番谷は立ち上がり外の様子を伺う。
どうやら自分らはあの地震によって足場の悪い処にいた為、崖下に転落したらしい。
だが、落ちた場所が良かったのか大した怪我を負うことなく済んだようだった。
「もう少しすれば、松本たちが来るだろうから。大人しくしてるんだな。」
だが、その言葉に市丸は顔を顰めた。
「すぐ見つかるやろか?・・今朝の定例会議で渡された種類には目は通されたん?」
「え、あぁ。・・・!」
「思い出されたん?そや、ここは特別な地帯の所為で、霊圧では場所が特定できないんや。
だから、ボクら三番隊も虚せん滅に梃子摺ってたんや。」
* * * * * * * * * * * * * * * *
「・・ほらよ。」
片膝を立て、その上に頬杖を着いていた日番谷がぶっきらぼうに市丸に声をかけた。
どうやら、肩を貸してくれるらしい。
その態度が、さも彼らしくって・・だがそれを言ってしまうと彼のことだ
機嫌をそこね、肩なんか二度と貸してはくれないだろう。
ここは黙って甘えておくのに限る。
パチパチ・・・と火が燃える。
先程までいつもの如し、人を茶化すかのように喋っていた市丸も今は眠ったのか
大人しく寄りかかっている。
やはり・・傷が熱を持ち出したのか、ぐったりとしている。
「馬鹿野朗が・・なんであんなことしたんだ。少しは考えろってんだ。
隊の頭であるお前に何かあったらどうするつもりだ。てめぇは、三番隊を統率してるんだ
身勝手な行動は慎めてんだ。」
独り言のように呟くと、はぁ・・と溜息をつく。
「その言葉はその侭、君に返すで。」
「起きてやがったのか・・。」
「向こう見ずな無鉄砲さ。部下や仲間を大切にするのはいいことや。
せやけど・・・・
君が死ぬんは・・・僕の手に掛ってにしてくれや。」
瞳を見開いて見上げてくる日番谷の顎をスッと掴む。
白く冷たい指先が触れているというのに、そこだけ熱く感じる。
「君が傷つくことは許さへんよ・・・。
ボク以外の何者であろうと、君の最期を看取るんわ・・
このボクなんやから。なぁ・・日番谷はん」
「いちっ・・んふっ・・・」
重ねられた唇が離れていくまで、見開かれた瞳は閉じられることなく
揺れていた。
そのまま、ゆっくりと体重が乗せられていく。
刃向かうか?足掻こうか・・?
だが、
身体は抵抗の意思を示そうとはしない。
「厭やったら、本気で抵抗してや。せやないと・・・ボクはわからへんよ・・」