その人はいつも・・明るい日の下で優しく笑っていた人。

  その人は何よりも・・陽光を受けて煌々と輝く眩しい金糸と
                なによりも澄んだ清青な瞳を持っていた。

   (だけど皆は、それが月の下で映える昼の名残り日の色が
                         凍蒼なものへと変わるのを知らない。)


   その人は誰よりも・・光に好かれて・・闇に愛されていた。
      






秋 雨



秋に降る長雨・・。
柔らかく木々や人々を濡らす。夏の日差しに晒され続けたモノを休ませるかのように・・
重く灰色をしたフィルターでそっと覆っていく。
こんな日にぼんやりしているとある人を思い出す・・。
きっと、それはこないだ珍しく訪ねてきた客人の所為だろう・・。
突然、現れた彼は自分以外にももう一人訪ねる奴がいるからと長居はせずに帰っていったが、
それは一体誰のことだろうか?
ふぅ・・・と小さく溜息をついてみる。今日は余程寒いのか?息が白く浮かび上がって消えた。
こんな日に一人も悪くはない。いろいろと自分のなかで整理することもあるし・・。
なんて思っていた矢先に彼は訪ねて来たんだっけな・・こないだも・・。



コンコン・・と小さく叩かれた木戸。
正直言って驚いた。だって、ここにオレがいることを知ってる人なんて数が知れてるし・・
その存命者も数少ないから・・。
ここは・・四代目が存命の頃にカカシが住んでいた部屋だ。
今は何も無く・・がらんとしている。だけど・・なぜか落ち着くのだ。
誰かが間違って来たのか?と想いながら・・のっそりとドアに近づいた。
「誰・・?」
気配を探っても分からないから、風の悪戯かと思ったけど・・ゆっくりとドアを開いてみる。
「蘇芳?!」
「何・・死人でも見ている様な顔しちゃって。」
クスリ・・と笑みを浮かべる。
「フ〜ン・・まだこんなトコにいたんだカカシ。」
「いや・・その、ちょっと待ってくれ。アンタ生きてたのかよ。いやそうじゃなくって・・」
混乱する頭をどうにか整理しようとするが、反って混乱する。
兎に角、中へ入れと促すと相手は−はいはい。と二つ返事を返して入ってくる。
「もうここにはいないかと思ってたんだけどね・・四代目が御隠れ遊ばしてからはね。」
「・・茶化すな。」
スッと向けられた瞳には凍々とした光が孕まれていたが、蘇芳の口元から笑みは消えない
「茶化してないよ。アイツに対して【死んだ】や【逝った】とか亡くなったって・・
 言葉は不似合いかと思ってね。それにカカシが一番嫌かな?と思ったんだけどねぇ。
 あぁ・・でも、それはもう一人にも言えるか。」
最後の方はまるで独言のように呟いた。多分、蘇芳本人も無意識に呟いたのだろう・・。
「アンタ・・今まで一体何してたんだよ。」
いつもナルトたちともアスマたちとも・・況してはイルカとも話している口調とは違う
どこか厳しい様な、まるでいなかったことを責めている様で・・どこか違うようなものだ。
「う〜ん、それは内緒かな?あ、でも一つだけ教えて上げる。オレはねぇ、カカシ・・。
 四代目の友人としていろんなことを見てきたよ。」
「は?」
意味が分からないと眉間に皺を寄せると、そこをツイ・・と突かれた。
「そんな皺寄せると、ただでさえヤバい年なのに・・いけないでしょ。」
すぐさま、−アンタには言われたくない。という声が返る。
「まだ・・自分のことも責めてる?一緒に逝けなかったことを・・」
併せられた蘇芳の藤色な瞳は変わらず綺麗だと思った。
その瞳が含む力はまだ健在らしい。
扱う者によって善にも邪にも傾く力・・。
それよって・・蘇芳自身がどれだけの仕打ちにあったかも聞いている。
それから視線をゆっくりと外して床へと落とす。
「悔恨の責は消えることないよ。カカシの場合はオビトのこともあるしね・・。」
まるで見透かすかのような言葉。
だけどそれは蘇芳自身への言葉でもあったのだろうか。
「アンタは?」
「さぁてね。ただの商家のご隠居と成り下がったこの身で何ができますでしょうか?」
はぐらかされるのは昔からだ。肝心なことは決して教えてはくれない。
あの頃となんら変わらない。四代目火影の後ろに常に控えていた頃と。
老いた忍が言っていたのを耳にしたことがある
-年若いのに小賢しい男だと。喰えぬ男と・・。
それを面白そうに四代目は見ていた。カカシ自身も嫌いではなかった。
むしろ他の大人よりは四代目以外では懐いていた方だとさえ思われる。
「隠居?!その年でかよ・・。よく言うよな・・いいご身分なことで。」
だから知ってる。これ以上追求しても欲しい答えは得られないことも・・。
同じように茶化してやれば、楽しそうにクスクス・・と笑う声が戻る。

出された湯のみに手を伸ばす。
何もない。とは言いつつも、一応の形で茶を出すカカシに蘇芳は笑った。
「何もなかったんじゃないのかい?こんな立派なお茶が出てきたじゃないかい。」
「・・形だけだよ。味なんて知らないからね。」
そう言うと、蘇芳に向かう形でカカシは腰を下ろした。
「いや、出してくれただけでも有難いよ。雨に遣られてね・・丁度、暖かいモノが
 欲しかったところだからね。」
そうは言っても、蘇芳は見た目ではそんなにも雨に濡れている感じはしなかった。
じっと見るカカシの視線を感じて、−なぁに、ちょっとコツってモンがあるんだよ。と嘯いた。
「ただの商家のご隠居じゃなかったのかよ?」
「そうだよ。大切なお品が濡れない様に努力した賜物だと言って欲しいなぁ。
 それがコツだよ。」
そう言って、また笑う。喰えない笑顔。
昔から変わらない・・この男のトレード・マークな表情。
「ほんと、喰えないよ。」
「え?・・ボクを喰う気かい?う〜ん・・あまり正しい思考とも趣向とも思えないがね。
 試してみるかい?」
ぬっと、近付いてくると下から見上げてくるかの様に人の顔を覗き込んでくる。
−悪趣味だな。と、身を引けば、また楽しそうに蘇芳は笑った。
どこまでいっても茶化されるか、はぐらかされる。
一人相撲とはこの事かとばかりにカカシは溜息を吐く。
「あらあら。里屈指の上忍はお疲れかね?そんなんじゃ・・この先が思いやられるよ。」
「あんたと話してると、こっちが馬鹿みたいな気がするよ・・。
 畜生、少しも埋まってないって感じだ。」
少しも埋まってない・・。
そう、この蘇芳におちょくられる事も、上手く導かれてしまうという何かの差が。
その姿に蘇芳は笑う。
「やだなぁ、そんなに早く埋まっちゃたらボクの人生の意味がないでしょ。
 あんたさんより、幾つ年上だと思ってるんですか?」
そう言うと、湯呑みの茶を飲み干して、蘇芳は立ち上がる。
−良かった、カカシは変わらないみたいだね。と呟かれた。
「相変わらず、生意気なガキんちょだね。さぁて・・それが分かっただけで良しとしますか。
 もう一人会わないといけない奴がいるからね。」
「え?もう行くの?一体、何しに来たんだよ。」
「やだなぁ、オレは里へ品の献上に出向いただけだよ。
 そのついでにカカシに会いたくなってね。」
自分の横に置かれた包み物を軽く叩く。
その口元には常に薄い笑みが載せられている。
「元気でよかった。 あぁ・・そうそう、忘れてた。イヤだね・・これだから年は。」
そういうと羽織の併せの中をごそごそ・・とやりだす。
「あった、あった。はい、お土産。」
ぽいっと投げられたそれを取り落とさぬようにと受け取る。
「蹴爪ってとこかな?大丈夫だよ・・一応四代目御用達の鉄師-くろがねし-の腕は落ちてないから。
 さて、じゃ・・またね。今度はゆっくりと遊びに来るよ。」
そう言うのが早いか、足早に秋雨の闇の中に消えていく。
ぱしゃ、ぱしゃ・・と聴こえていた足音は不意に雨の中の
灰色な薄闇へと溶けていった。開け放たれたドアの先、、もう見えない足音の主の姿を
カカシはぼんやりと見詰ていた。そして何かを吹っ切るかの様にドアを閉めると
思考を今の自分の状況へと戻す。
「アンタは軍師だったろうが・・鉄は真似事だよ。って自分で言ってたくせに。」
苦笑を漏らして、手の中に握られている蹴爪を見詰る。
綺麗に細工を施されたソレはとても遊びだけの範囲でおさまる代物ではない。
「ほんと・・あの人の友人はおかしな奴ばかりだ・・。」
ずるり・・とその場に蹲ると蹴爪を握り締めて唇を噛み締めた。
蘇芳と話しをした所為だろうか・・。込み上げてくる感情が止められない。
苦しい・・黙っていると呼吸が詰まり、耐え切れなくなる。
空気を求めるかの様に開かれた口。
「四代目・・。 ・・せんせぇ・・」
嗚咽ともとれる小さな声が静かな部屋に響いた。
窓の外の秋雨がそれを掻き消してくれる。





「さぁて・・お次はどこだっけな?」
少しだけ自分のやっていることが馬鹿げて見えることもあるけど・・これも唯一無二の友人の頼みと
心に唱えて蘇芳は歩き出す。
「ほんとはナルト君にも会っておきたいトコなんだけど・・それは流石にまずいかな?
 三代目が怖いだろうし・・何よりも地雷也がいそうだし・・うん、やめておこう。懸命な考えだよね。」
秋雨の降る中・・赤い番傘は妙に風流に見える。
「でも。ほんと我侭だよ・・四代目。一緒に逝くことも忍として里に留まることも許してはくれないで・・
 生きて・・彼らを見続けて欲しいって・・。お陰でどれだけ・・まぁいいけどね。」
愚痴を零そうとして止めた。そのお陰で彼らの成長した姿を見ることができたのだから・・。
きっと、自分は多くの友や知人を最後の最期まで見送るのだろう。
里の変わりゆく姿を見詰続けるのだろう。一町人として・・

ポテ・・
一粒の雨粒が蘇芳の鼻筋を伝い落ちていく。
蘇芳は秋雨の中、立ち止まり・・ゆっくりと何かを見上げている。
雨の夕時。
家人達は暖かいその中で雨が過ぎるのを待っているのだろうか?
周り家々には人々の色々な気配が満ちている。
そして、今目の前にしているこの一件の家にも人の気配が一つ。
どうやら、何かに奮闘しているらしかった。
コンコン・・とドアを叩くと、中から返事が返る。
「・・失礼するよ。」
そう言って蘇芳はドアを開けた。
「えっと、あの〜・・。」
目の前に困った表情を浮かべる男。この里のアカデミーの教師をしている海野イルカ、その人である。
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「あぁ、こりゃ失礼を。・・あなたのご両親の古い知人です。」
「あ、それはどうも・・・態々。ですが・・」
言葉を続けようとしたイルカを蘇芳は手で制して、−存じ上げておりますよ。と言った。





「いやぁ〜。行き成り訪ねて来たというのに申し訳ないですね。」
「いえ、オレも丁度・・一段落しようかと思っていたところですから。」
どうやらイルカはアカデミーの子供達の答案の丸付けと宿題の提出物の点検とやらを
やっていたらしい。
その手を止めて、イルカは蘇芳に茶と茶菓子を用意した。
「小さい頃にお逢いしたことあるんですけどねぇ、まぁ・・本当に小さかったですから。
 覚えてはおらんでしょ。」
「すいません。」
軽く頭を下げるイルカに―そんな事することないですよ。と笑った。
だけど・・どこかでこの笑みをイルカは知っている気がした。
「しかし本当に立派になられて。父上、いや・・どちらかと言うと母上似ですね。
 あの方もお綺麗でしたからね、恥ずかしながら懸想を抱いていた事もありましたよ。
 いやぁ、そう考えると・・ボクもあの頃は若かったなぁ。」
その言葉に少し困ったようにイルカは笑った。
「若さは時に大胆なもんですよね。なんせ一介の忍が影付の杜人に恋心を抱くんですからねぇ。
 いやはや・・ほんと、若さって偉大ですね。」
不意にイルカの表情がその言葉を聞きつけて険しくなる。
それもその筈だ。イルカの母が影付の杜人だったという事実は公の項目ではないからだ。
ではなぜ・・この男は?
その疑問を待っていたかの様に男はクスリ・・と笑った。
「そんなお怖い顔されたら、折角の美人が台無しですよ・・イルカさん。」
人には誰しもパーソナルスペースと呼ばれる個人的領域がある。その領域に入るのは
ちょっとやそっとの事では出来ないものだ。
そこへ入れば普通の人間ですら警戒を強める。不快を抱く・・
近付き過ぎれば敵意すれ抱かれる。そんな領域だ。
そうなのだから、忍ともなれば・・必然としてその反発は強くなり自然と結界のような
モノが張られて入れるものではなくなるのだ。
謂わば・・暗黙の禁忌の領域。
それなのに、この男は易々と近付いてくる。無理強いをせずに入り込んでくるのだ。
否応なしにもイルカの緊張が高まる。
「やれやれ・・当代の杜人はまだまだ己の感情を隠す術に長けているとは言えないみたい
 ですな。そんなんじゃ、自分が知っている事がすぐにバレちゃうよ。」
そう言って、険しくなったその表情を頬杖をつきながら見上げた。
「あんた一体・・。」
「言ったでしょ。ご両親の古い友人だって・・イヤですねぇ、そんな事も忘れちゃいましたか?」
「それを言うなら古い知人だと仰いましたよ。」
「あら、いやですねぇ〜。コレだから年をとると細かくってイケナイ。」
ようやくと言うべきか、いつもの自己のペースがイルカに戻りつつあるのに気がつき
蘇芳は楽しげに笑った。
「あんまりいい加減だと墓穴を掘りかねませんよ。気をつけてくださいね。」
「その様に伝えておきますわ。」
あんたの事だろうが・・。と言う言葉を飲み込むと、はぁ〜っとワザと大仰に溜息をついてみせる。
「思い出した・・・あんた蘇芳さんだろ。」
邪魔そうに髪を括り直すと、思い出した。ともう一回呟いた。
「いつも四代目の近くに控えてた軍師・・。」
「そんな事もありましたねぇ。今じゃてんで冴えない中年ですがねv」
「で、その冴えない中年さんが何の用で来たんですか?」
「あら冷たい。同じ特殊部隊にいた仲じゃないですかv・・一生懸命に四代目の
 背中追ってた可愛い子だったのにねぇ〜。」
「はいはいはい。そんな事もありましたね。オレも結構いい年になったんでね、
 あんたの言うところの要らぬ浅知恵ってもんをつけたんですよ。」
正体を思い出せば、これ以上の会話は意味がないと自ずと見えてくる。
これは言葉の掛け合い遊びでしかないのだから。
さっさと本題を促すのが先手と言えるのだろう。
「あれ・・やだ、勿体ないねぇ。ん?ただ、君達の顔が見たかっただけだ。」
「あいつがいなくなってからの君達が・・。そして、これから先を創って往くであろう君達が
 どんな顔をして今を生きているのか・・しっかりとこの瞳に留めておきたかったんだよ。」
そう言って、ふわり・・と笑ってみせた。
あぁ・・どこか、この笑顔は四代目に似ているな・・とぼんやりとイルカは思った。
「さぁて・・ぼちぼち雨も上がりそうだ。お暇時かな・・」
ゆっくりと立ち上がると、玄関へと歩み出す。
その後を見送るようにイルカがついて行く。
『・・君が元気そうで良かった。僕は結構心配していたんだ・・。』
不意に掛けられた言葉にイルカは言葉を失った。
その声はあまりにも似ていたから・・・彼の人に・・・。
見上げたそこには、蘇芳の笑みがあって望む姿はそこにはなかった。当たり前だ。
それなのに、蘇芳が小さく−ごめんね。なんて呟いた。
「なっ・・」
何か言葉を発しようとした時には、蘇芳は視線をもう元に戻していた。
「そうだ・・いいものを差し上げますよ。」
ごそごそ・・と袂を探りだすのを見守っていると、何やら薄い銀色のものを取り出してきた。
「杜人・・は代々扇使いが多いと聞き及んでいますからね。何かの足しにでもなりましょう。」
そう言って、ぎゅっとイルカにソレを掴ませた。
「あの子は結構・・見た目に反して寂しがり屋さんだったりするんで、
 出来れば一緒に居てやってくださいね。」
「・・・・はい。」
誰の事かは言われなくとも何となく分かった。そう答えれば、蘇芳は満足そうに笑った。
「それじゃぁ、オレは元来た通りに戻ります。雨も止みそうですし・・
 御品も濡れずに済みそうだ。」
そう言って、蘇芳は再び闇の中へと熔けていく。




里はゆっくりと動き出す。

ゆっくりt・・ゆっくりと・・・在りし日の想いを抱えながら・・

だけど・・・残され留まることを望むことも

時には必要なのかもしれない・・・。









「あれは・・・・。」
そっとイルカは傘を差し出すと、−風邪ひきますよ。と呟いた。
「イルカせんせ・・」
驚いたように見上げてきた彼の姿に内心イルカは驚いた。
それもその筈だ。
カカシは常としている額宛ても口布もないまっさらな素顔で佇んでいたのだから。
別にその姿が見慣れないと言う訳でない。カカシはイルカの家に来れば
そんなものは取り払い、いつだって素顔を晒してくれるから。
問題は・・ここがイルカの家でなく、ましてカカシの家でもないことだ。
そう、ここは屋外なのだ。
「あ〜・・コレ?や、ちょっと何となく。やっぱ変ですかねぇ?」
「や、そんな事はないんですが・・・その・・」
いいんですか?と小さく囁いた。
そうすれば、同じトーンの大きさでカカシもこそりと呟いた。
−大丈夫です。何気に特殊な結界が張ってあるんで・・マズい気配が引っ掛かったら
 すぐにどうにかなりますから。と、ニッと笑ってみせた。
「ハハハ・・流石ですね。ほんと、変なことには天才的に頭を働かせられる。」
「う〜ん・・それはちょっと痛いなぁ〜。」
「オレはマズい気配ではなかったって事ですか?」
「言うまでもなく。見慣れているでショ、この顔はv」
ニコニコと人懐っこい笑顔を見せるカカシに思わず破顔しそうになるが、
どうにか頬の筋肉を引き締めて耐えてみる。
「・・・それ、蘇芳からデショ?」
不意に言われた言葉にイルカは懐に手を当てた。そこには、さっき蘇芳に渡された扇の羽が
忍ばせてあったからだ。
「オレもね蹴爪を貰ったんだけどね、試してみようかって迷ってたんだ。」
そう言って、いつのまにかにカカシは自分の掌の上で蹴爪を転がせながら
弄んでいた。
「ねぇ、ヤッてみる?」
クスリ・・と酷薄な笑みが口元に宿る。それは・・どちらの口元だったのだろうか?
「い〜え、今夜は止めておきますよ。今日はどうも善くない・・。
 残像が離れてくれそうにないんです・・あのアオイ瞳がチラついてダメそうなんです。
 あなたもでしょう?」
参ったなぁ。とカカシは小さく呟いて頭を振るった。



「「こんな雨の日には・・・よくあの人は遅くに帰ってきてたよ。」」

「「こんな雨の日には、清青が生りを潜めて凍蒼へと変貌してたね。」」




それは互いの言葉。
それは互いの幼い頃の記憶。
決して二度と見ることの敵わぬ色彩・・だけど褪せることのない色彩。


「あ〜ぁ、なんでオレたちこんなに囚われているんでしょうね?」
「そりゃ・・四代目ですからね。彼の人ですよ彼の人。」
里の総てを愛して・・護ろうと務めた偉大なる英雄。
そして・・何者にも変え難い大切な存在・・。
それはどうやら・・幾年と経とうと自分らの中では変わらないらしかった。
「絶対、蘇芳の所為ですよね〜。」
「でしょうね。アレであの人も大変でしょうがね・・。」
「どっちが幸せなんでしょう?」
「さぁ・・?」


    共に往くことが許されず・・里を託されたモノたち・・。

    共に往くことが許されず・・総てを見定めて欲しいと云われたモノたち・・。


「大体があの人、我侭なんですよねぇ〜。」
「ぷっ・・それは言えてますね。変なトコも強情でしたし。」
「そんなトコが少しナルトと似てますよね。」
「確かに。」
止みかけの小雨の中・・二人は彼の人に想いを馳せて穏やかに語る。
それはきっと、この秋雨がもたらせた小休憩なようなものだ。
また雨が止めば・・再び彼等の日常は戻ってくる。
振り返っている暇なんてないくらいの賑やかせ・・力の満ちた騒がしい日常が・・。
だから・・こんな日があってもいいのかもしれない。
誰かが言っていた。
雨は変わったものを運んでくると・・・。
もしかしたら・・蘇芳はソレだったのかもしれない。
彼等のなかで留まっていた想いを吐露させるために顕れたのかもしれない。






「この里はきっと、大丈夫だな。お前の大切なモノはちゃんと伝わってるよ。
 いいさ・・精々長生きしてこの里をずっと見てやると・・
 栄枯衰退・・その総てをね。あんたの愛した・・この里を。」
一人の男がふらり・・と雨の止んだ中、大門を抜けていった。






    終わり。