しとしと・・・降り続く雨は時に優しく私を誘う・・。

柔らかく・・包み込むかのように・・。

そっと、そっと・・白い闇の中へと。

熔けていくかのように。




雨




家を出たときから、雲行きは怪しかった。

妻の雪絵の心配を他所に私は傘を持つ事はしなかった。

少し億劫だったのかもしれない。

そして案の定、眩暈坂に差し掛かった頃に

空は耐え切れなくなったかの様に雨を降らせ始めた。

「わ〜・・参ったなぁ。」

そう口には出して見たものの、然程困っていない様な声が間抜けに響いた。

私は壁際の上から凭れかかっている、頼りない枝振りの木陰に身を寄せた。

京極堂へはあと少しの距離だ。

通り雨か何かだろうと、すぐに止むと踏んで私はその場に留まった。

が、しとしと・・と振りだした雨は一向に止む気配をみせはしない。

「これは行ってしまった方がいいのかな・・。」

幸いな事に(?)、私は決して雨に濡れる事は嫌いではなかった。


そう、雨し濡れることを不快に感じたことはなかったのだ。

激しい雨に打たれる。

それはまるで、総てを打ち消し・・私という惨めな存在すらも

その場から消し去ってくれる。

そんな錯覚にすら陥る。

ざーざー・・と流れる雨粒と共に私も打ちひしがれて・・跡形も無く消えるのだ。

また・・激しくなくったて構いはしない。

しとしと・・と振り募る雨に濡れる。

ゆっくり、ゆっくりと・・髪を、服を濡らしていく。

速度の遅い侵食は・・やがて私の総てを蝕んでいく。

そして・・私は白い闇の中へと熔けていくのだ・・。

ゆっくり、ゆっくりと侵食され同化していく。

そして・・そこにはもう私という存在は無くなるのだ。



そう思うと、濡れる事なんて何とも思いはしない。


雨は白い闇への誘いなのだ。

単調なその音に惹き込まれていく。




不意に雨が遮られた。

顔を上げれば、そこには総ての不幸を背負い込んだかの様な仏頂面の男が立っていた。


京極堂だった。

彼はこちらに傘を差し出して、私を見ている。

「あぁ・・・すまない。」

雨に濡れ、雫を垂らす髪。私はゆるく笑んだ。

「君は人の店の前で何をしているんだい。」

呆れたような口調だが、その表情は変わらない。少し、怒っているようだ。

気が付けば、私は京極堂の前まで来ていたらしい。

「風邪をひくだろう。」

「知っているだろ、僕は雨に濡れることが嫌いじゃないんだ。」

未だ、私の肩を濡らす雨は服をじっとりと侵食していく。

「知っているさ。」

そう呟くと、京極堂は私を抱き寄せた。

「僕はね、ソレが嫌いだよ。」

私の身体は京極堂に抱きこまれて、雨から離される。

冷えた身体に京極堂の体温が伝わってくる。

「きょ、京極堂・・・///」

急激に思考が戻ってきたかの様に、置かれている自分の状況を

理解して耳が熱くなる。

「言っただろ、僕は雨が嫌いだと。」

そっと、私の唇に暖かいものが触れた。

「うぅ・・あぁ・・」

言葉がでなくなる。気が付けば、私の耳には・・



もう雨音など入ってはいなかった。







                                                          BGM by:遠来未来【約束の場所】