ついてねぇ・・。
いつもなら、厄介事は迷惑とばかりに近付きはしねぇのに今回に限っては・・
耳に入って来てしまった。・・その会話を耳にしてしまった。
なんで、こんな時に帰ってきてしまったんだか・・。
否応なしにも緊張感が高まる。
「仕方のない事だろう・・・。総ては調和と言う名の正義の為に・・。」
「秩序を保つ為の・・犠牲は付き物と・・。」
「うむ。」
重い口調で言葉を放つと、それっきり山本元柳斎重國は口を閉ざした。
重々しい空気の流れの重圧感に今にでも潰されてしまうのではないだろうか?
この角度からでは相手が誰なのかも、また山本自身の表情は伺いしれない。
なんで、自分はこんな場面に出くわしてしまったのだろうか?
もうこうなってしまったのなら、固唾を呑み・・この状況が過ぎ去ってくれるのを待つだけだ。
だが・・果たして無事に遣り過ごせるのだろうか・・。
厭な会話だと思う。
余り自分は好きではなかった。公の為の私の犠牲や・・
秩序を保つ為という大義名分の下の認められた虐殺。
頭では解っている。
だが
心情というものはいつでも勝手なものだ。
中々、素直には従がえぬのだ。
このまま、聞き続ければ自分が関わらずに済ませるなんて事は在りえない。
知らなかった。という言葉で免れる筈がないのだ。
なんて厄介な・・・場面に戻ってきたというのだ。
「ほんと・・ツイてねぇ。」
ぼそりと漏らしてしまう。
「?!」
しくじった・・。と思うときには大抵物事・・遅いものだ。
注意が総て山本達の方にばかり向けられていた。その一瞬をついての出来事だった。
背後から視界と喉元を白い手が押さえつけてきたのだ。
そのままの体勢で壁際に日番谷は押さえつけれたのだ。
ひくり・・と喉が鳴る。
声が出なかったのは幸いだったのかもしれない。
上がる心拍数に、すぐにでも置かれている状況を判断しようと、
全神経が聴覚や気配を探る事に集中される。
「余り・・・悪戯が過ぎるとようないで。」
耳元にするり・・と声が滑り込んでくる。
「い、市丸・・・っ」
そう言ったつもりだが、実際は声となって聴こえているかはわからない。
一体、この男は自分をどうするつもりなのだろうか?
山本達の前に、子鼠がいたとでも言って突き出すつもりなのだろうか。
睨みあげたくとも、覆われた視界は未だ解放されることはなかった。
どうする?どう切り抜けるべきだ・・・?
必死に頭が答えを導きだそうと動きだす。だが、闇雲に考えども・・応えなんてそう簡単には出てはこない。
突き出されてしまえば・・総ては終わるだろう。そう簡単な罪では済みはしない。
ならば・・いっそ、この場で一戦交えるか?
どうせ・・朽ち果てるであろう存在なのならば・・。
そんな事に思考を巡らせていれば、ククク・・と小さな笑い声が聴こえてくる。
「視界を覆われてるっていうのに、また眉間に皺を寄せてはるんやな。これ癖になってしまうんよ?」
誰の所為だ?てめぇの所為だろうが?!って、今すぐにでも怒鳴ってやりたいが
どうにも、そうはいかないらしい。
「・・・そう、怖い顔しはらんと。」
すっと、市丸の気配が先ほどよりも近くに感じられる。どうやら、耳元に近付いて来たらしい。
「てめぇ・・っ」
搾り出された声は見えない視界の分までも噛み付きそうな勢いだ。
そんなことにも構わずに市丸は笑う。
「ボクは結構、君がお気に入りやねんかぁ。ここで喪くしたくないなぁ。」
「っざけんな、何が言いたい?」
冷たい手で覆われている筈の視界も喉元もやに熱く感じる。
市丸の声は尚も日番谷の耳に滑り込み、落とされていく。
「・・・よう聞いてや。」
・・気が付きはっても、気が付きはってはイケナイんよ。
・・気付いてない振りをしはることやな・・。あんまり無邪気にしてると・・ようないで。」
そこまで言うと、市丸は言葉を切る。
そして、さっきよりももっと日番谷に近付く。
吐息が耳に触れるぐらい・・唇が触れるかと思うぐらいに。
【せやないと・・・君はホンマにお人形さんにされてしまうで。】
「なぁ?!」
その後の言葉は続くことはなかった。
覆われた視界に、僅かに力を込められた喉元・・
そして・・
重ねられた唇。
抵抗する力を総て奪いさられる感覚。
「ぼくは君の事、気に入ってねん。忘れないでや・・。」
「てめぇ、市丸!!」