はらはら・・・と風の悪戯に散る若葉の庭の見える縁側で、小さな寝息を 立てて一人の少年が眠っている。 「あらまた・・こんなトコで眠って風邪引きますよ、日番谷さん。」 はぁ〜・・やれやれと小さく溜息をつくと、少し困ったかのように頭を掻いた。 ここ最近になって懐かれてしまったと言うべきか、この銀色の少年。 まるで猫の様に気紛れに付かず離れずの距離を保つ・・ 不意に現れては、不意にふらり・・と戻っていく。 「ほんと、何処の飼い猫なんでしょうね?それともアナタは野良なんですかねぇ?」 眠る日番谷の横顔を見詰めて、また小さく溜息をつく。 「明日には・・アナタと正式に挨拶を交わすんですよ、そしたら・・ アナタはどんな顔するんでしょう?」 ぱたん・・と障子を閉めると、浦原は奥の間に引っ込んだ。 この銀の猫と知り合ったのは、今からちょっと前の出来事だ。 木漏れ日が穏やかに降り注ぐ・・木々の合間。ここは鬱蒼とした鎮守の森の奥の奥。 時折、小鳥や獣の声が遠くに聴こえる。 そんな中で日番谷は一本の大木に背を預けて浅い眠りに落ちる。 だが、直ぐにソレも引っ掛かってきた知らぬ気配に邪魔されたのだ。 「・・誰だ。」 薄っすらと開かれた凍蒼の瞳は、逆光に眇められた。 「これはお邪魔してしまった様ですね。すみませんね・・まさかアタシ以外にも ここに来る御人がいらっしゃるとは思いませんで・・。」 木漏れ日の光の反射を受けて煌々・・とその人物の髪は光っていた。 「・・・・」 「イヤですねぇ、そんなお怖い顔しないで下さいよ。ここは善いでしょう? アタシのお気に入りの昼寝床だったんですけどねぇ・・まぁ良いでしょう、 あなたに譲って差し上げますよ。」 ニッと鮮やかに口元が笑みを象ったのが分かった。 「何だよそれ・・・。あんたの寝場所だったんだろ? 譲ってなんてくれなくっていい。どうせ・・何処だって同じだからよ。 ただ、それでもここは静かでいいかと思ったんだが・・。悪かったな、借りちゃってよ。」 ゆっくりと、日番谷は立ち上がると男の横をすり抜けて行こうとした。 「まぁまぁ、そう急がなくともいいでしょう。」 その腕を掴まれて、たち止められた。 「何すんだよ!」 「あらら・・そう怒らないで下さいよ。」 パッと日番谷から男は手を離すと、口元を袖口で隠してクツクツ・・と笑った。 「あなた日番谷さんでしょ?」 「なんで知ってるんだよ・・?」 「えぇ、まぁ・・ちょっと古い仲とでもいいましょうかね。ま、年寄りってもんは いろんな繋がりがあるんですよ。そんな事より・・ もしかして日番谷さん眠れてないんじゃないんすか?」 ぴくっと日番谷の片眉が反応したかの様に上がった。 「ヤですねぇ、ご自分で仰ったじゃないですか、何処でも同じだって。」 「あぁ・・そっか。」 「疲れてるみたいですね?善かったらここで眠ってて下さいよ。 アタシが見張っていてあげますから。」 「あのなぁ・・・」 あんたがいたら意味がねぇんだよ・・という言葉を飲み込んで、頭の痛い気がするが どう考えても、この侭ではこの男は引下ってはくれそうに見えなかった。 「わかったよ・・その言葉に甘えるけど、寝れるとは思えねぇぜ。」 「まぁまぁ、そう仰らずに。」 男は、木漏れ日の当たる場所に腰掛けた。同じ様に日番谷も仕方なく腰かける。 「こんな日は昼寝にもってこいなんですよ。」 穏やかに間延びした、のんびりと呟く声が日番谷の耳に入って来る。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 「あぁ、よく眠ってらっしゃいましたね。起きられたみたいっすね?」 「・・・?」 周りを見回せば、日はとおに沈み夜の帳が張り出していた。 「オレ、そんなに寝たのか?!」 「えぇ、それはもう気持ち良さそうにぐっすりと・・。余りにも気持ち良さそうだったで 起こすのが咎められて、こんな時分になってしまったんすがね。」 やれやれ・・と言うと、男は砂を払い立ち上がる。 どうやら本を読んでいたらしく、それを小脇に抱えると日番谷に手を差し出した。 「いらねぇよ。」 パシッと軽く叩くと日番谷は立ち上がった。 「また眠りたくなったら、アタシのとこに来るといいですよ。」 「それじゃぁ、またお逢いしましょうv」 来たときと同じように音も気配もなく歩き出す。その背を見詰めながら呟く。 「・・そう寝てばっかりいられるかって。・・て、お前、誰?名前!」 今更ながらに気がついたように叫ぶと、男はふわり・・と振り返った。 「あらやだ・・そうでした。・・喜助です、喜助。」 「キスケ・・?ただのキスケか?」 眉間に皺を寄せて見上げてくる日番谷に 「そうですよ、ただのキスケです。覚えておいて下さいよ、日番谷さん。」 そう言って、喜助はヒラヒラ・・と手を振ると、袖元をふわり・・となびかせて戻って行った。 あとに残された日番谷は、自分がそこまで深い眠りについたのが 久しぶりで大きな欠伸を一つした。 どうして自分は今まで眠れなかったというのに、あのキスケという男の横では 眠れたのだろうか?とふと疑問に思う。 だが、きっと・・あの男の横に流れる穏やかな気配が自分にそうさせたのだろうと・・いう気がした。 これが、その銀の猫との初めての出逢い。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 「あらまた、出逢いましたねぇ。」 「おう・・。」 少し伐が悪い気がしたが、日番谷は手を上げて答えた。 「よかったら、今日はお茶でも飲みませんか?」 「茶・・・。茶菓子が出るなら行ってやる。」 その言葉にクスリ・・と喜助は笑った。 「いいですよ、何かお出し致しましょう。」 ぶつぶつ・・と文句を言いながらも結局、日番谷は着いて来た。 この男が纏っている気配が厭なものじゃなかったのがそうさせたのかもしれない。 そして、日番谷はとある建物の中へと案内された。 「ここは?」 「アタシの離れとでも言いましょうかね。あぁ、そこらへんのモノ気を付けて下さいね。 よく分かんないものが多いっすから。」 「な、なんだよ・・それ。」 そう言いながら、パパッと日番谷は男の方に歩み寄る。 そっと男の着物の袖端を無意識で掴んでいると、男はくすり・・と笑った。 「本当なら、表口から通して上げたかったんすけど・・あっちには何かと五月蝿い奴がいましてね、 いや、それはこっちの話しなんですがね。」 不審気に見て来る日番谷に喜助は取り繕うように笑って言い換えた。 「さぁて、着きましたよ。さぁ、ど〜ぞ。アタシの私室ですよ。」 長い回廊を抜けた先の一室に通される。中に入れば、がら〜んとしていて何もない。 「ここだけは綺麗なんだな。」 「あら、痛いこと言ってくれますね。えぇ、普段余り使わないからですね・・。 他の部屋はお察しの通り、妙なガラクタや書物ばかりですよ。」 それにしても、もう少し生活観と言うものが出ていていいんじゃないだろうか?と 不意に日番谷は思う。もう少し、本や娯楽品などもっと何かがあってもいいんじゃないかと思う。 だけど、ここにはそれらのものがまるでなかった。必要最低限のものしかなかった。 湯呑みをどこからか運んでくると、喜助は座卓の上にソレを置いた。 「お菓子って言えるほどのもんじゃないっすけど、羊羹ならありましたよ。」 「あぁ。なぁ、なんか・・もの少なくねぇ?」 ぐるり・・と見回して、その侭の疑問を口にすれば、珍しく喜助が噴き笑いをした。 「ははは・・、正直っすねぇ〜、好きっすよそういうの。」 そう言って、周りを見回すと、ぽつぽつ・・と話し出した。 「あまりね、好きじゃないんですよ・・思い出とか、自分の気配とか匂いとか残るの。」 「は?」 眉間に皺を寄せてみせれば、困ったような笑みを零した。 「なんか厭なんすよ、自分がいなくなったあとに誰かがここを見て・・淋しく思うのとか。 もっと、こう・・スッキリと忘れて貰ったほうがいっそいいかな?て、 まぁ・・年寄りの身辺整理みたいなもんっすかねぇ?」 「年寄りの身辺整理ねぇ・・。だったらさぁ、 あんたがその誰かに対して黙っていなくなるようなマネしなきゃいいんじゃないか?」 日番谷は出された羊羹に楊枝を刺すと、口に運んだ。 「うっ。ちょっと・・甘いな、これ。」 「・・仰る通りっすねぇ」 何か、とても辛そうに一瞬眉根を寄せたその表情に日番谷は気付いただろうか? だが、そんな表情もつかの間でいつもの様に飄々とすると 「文句があるんなら喰わないでいいっすよ。」 「あ〜なんだよ、喰ってるだろ、一度出したもん下げるなんて行儀悪いんだぜ。」 ぎゃ〜ぎゃ〜・・と賑やかな声が響いていた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 「あぁ、目ぇ覚めましたか?風邪ひくとイケナイから窓は閉めさせていただきましたよ。」 まだ眠そうに瞼を擦ると、身体を起こした。 「また勝手に人んトコ上がって来ちゃって・・。いいんですか?まだ色々とお話とか あったんじゃないんですか、お偉いさんとかからの?」 「面倒臭いんだよな・・そういうの。・・それに慣れねぇし。」 まだ頭がハッキリしないのか、ぼんやりとした表情を浮かべている。 この少年がこんな気の抜けた表情を浮かべるのは、もしかしたら此処だけなのかもしれない。 「相変わらず眠りは浅い侭みたいっすね。そんなんじゃ、身体保ちませんよ。」 「・・別にいい、此処があるから。あんたの近くは何か知らないけど、心地よい・・」 「おやぁ・・それは嬉しい事を言ってくれますね。」 クィっと口角を上げて笑うと、−笑うな!とムキになって声が返ってくる。 「オレは・・あんまりこの職務が好きじゃない。 どの隊首も役職者も、逸物持った様な奴等ばっかりだ。 信用ならねぇよ・・・」 そう言い切ると、日番谷は立ち上がると羽織を手に取る。 明日からは・・正式にこの羽織を着、何十名とも言える隊員を率いり、戦地へと赴く事に為るのだろう・・。 その時に・・・自分にはこの小さな背がどう映るのだろうか? 大きくも、手の届くものに見えるのだろうか・・それとも遠く尊きものに見えるのだろうか・・・。 不意にそんな考えが過ぎり、キスケは自嘲気に笑った。 踵を返した日番谷には、もう緩んだ気配はなく常時と同じく凛としたある種の風格を漂わせるものを纏う。 向けられた瞳も緩青から凍蒼色へと変わり、近付き難いモノに変わる。 いつも、この瞬間を感心して魅入ってしまう。こんなにも幼い少年であるのに、持って生まれたものなのか、 隊長格に相応しい風格を備えているのだと・・。 「じゃ・・またな。」 その言葉にキスケは緩く笑んでみせた。 その背をキスケは見送らないで、自分もそのまま再び奥の間に姿を消した。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 「では、準備は善かろうな。」 「はい。」 長い回廊を日番谷は総隊長である山本のあとに続き歩む。 「この式が終われば、明朝には全隊員の前で襲名式 まぁ・・ようはお披露目みたいなものがある。 そのことも頭に入れておくんじゃな。」 「はぁ・・。」 今から行く先は、全隊首が待つ場であった。 これから、日番谷は十番隊隊長襲名披露とでも名目の 他の隊長、副隊長・・その他各長との顔合わせをするのであった。 「まぁ、そう緊張するな。」 「はぁ。」 緊張しないとは嘘にはるが、そこまで酷いものではない。 だが、この馴れない空気はどうも好かないと思った。 やがて、ある一つの大きな間のドアが山本の手によって開けられて。 「日番谷冬獅朗十番隊隊長・・此れへ。」 ざわめきはやがれ・・・静寂へと姿を変貌させた。 ゆっくりと歩み出た日番谷は面をおずおずと上げた。 そこには一番隊隊長山本以下十数名の隊長及び、副隊長の姿があった。 みな一様な表情を浮かべて日番谷を出迎えた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 一通り挨拶をし終わった頃に、山本が渋い表情を浮かべた。 「あやつめ、また遅刻か・・・。仕方ないのう、いつもの事と云えよう。」 「誰のことですか?」 覚束ない敬語を使って尋ねれば、山本は一つ空席になっている席を指差して、 「十二番隊隊長だ。なぁに、いつもの事じゃ・・その内に来るであろう。」 「はぁ・・。」 この山本にここまで大目?もしくは呆れられてるその人物とは 一体どんな奴なんだろうか?と小さな興味を抱いた。 喧騒から少し離れると、中庭に出ると日番谷はぼんやり・・と空を見上げる。 大人たちは、酒に興じてそれぞれの話しに没頭している。 誰も新任隊首になど見向きもしない。最初の頃は、興味半分で話し掛けて来てはいたが 日番谷は愛想の良い方でも話しに乗ってくるほうでもない。 自然と人垣も取り巻きも消えて楽な状態に戻る。 「ふぅぅ・・。疲れるな・・」 「おやまぁ・・またこんなトコでお逢いしましたねぇ。奇遇ですねv」 ぬぅ・・と背後から長い黒い影が伸びて日番谷の振り返った顔に掛る。 「お前、また・・何でこんなトコにいやがる!・・部外者は立ち入り禁止だろ、 見つかったら冗談じゃ済まないぞ!!」 慌てる日番谷に対していつものように飄々とした笑みを浮かべてキスケは近付いてくる。 「おい、おいって!マズいって言ってるだろ」 「ど〜して、部外者だって思うかな?関係者だって考えませんか、普通?」 顔を間近まで近づけると、クスリ・・と笑い顔を離した。 「え?」 それって・・と問いただそうとした時に後ろから威厳を含んだ声が掛る。 「遅いではないか・・・浦原喜助。おぬしには第十二番隊隊長としての自覚はないのか?」 溜息混じりに吐き出される言葉には、お前は全く仕方ない奴だ。とでも 言いたげな含みも取れて感じられた。 『十二番隊隊長・・・浦原喜助・・・・』 山本への挨拶も早々に済ますと、男は日番谷に対して身体を質した。 「お初にお目に掛ります、日番谷冬獅朗隊長。浦原喜助です。」 スッと閉じられた瞳が開くと、日番谷をとらえた。 いつものオドケタような茶化した態度が消えている。 まるで別人の様なその男を目の前にして日番谷は言葉をなくす。 この男になんて応えればいい?同じ様に初めましてか?それとも・・お前バカか、こないだ逢っただろうか? そんな事を考えているけれど、表情には出さない。結局・・ 「あぁ、宜しくな。」 としか応えられずにいた。 大きな驚きが一番、日番谷の気持ちを占めていたが・・そこにほんの少し、何故か失望?ともショックとも とれるような曖昧な感情が見え隠れした気がした。 * * * * * * * * * * * * * * * * * 「やだな〜・・なんで怒ってらっしゃるんですか、日番谷さん?」 後から追っかけてくる浦原の姿も無視して、ザザ・・と歩く。 その歩みはどうも緩むことが無さそうだ。 「うっせぇなぁ〜、付いて来んなって。」 「え〜・・待って下さいよ。」 何だか腹が立った。何に腹が立ったんだかは、よく分からない。 そんなのどうだっていい。兎に角・・なんかムカついた。それなのに・・こいつときたらまた寄って来る。 「初見の相手と一緒に行く筋合いはねぇんだよ。」 「またそんなツレナイ事を仰る。はぁ〜・・どうせアタシは報われないっすよね。」 「てめぇが先に言ったんだろうが!『お初にお目に掛ります』ってよ!! あ〜浦原隊長さんよ、それとも浦原局長とお呼びするか?」 力任せに怒鳴ってしまい、肩で息を吐けば・・きょとんとした表情でこちらを見てくる。 そして・・・『ぶっははっは・・・』と腹を抱えて浦原は笑い出した。 「?」 不審気に見返して来る日番谷に「いや、申し訳ないっす・・」と言いながら、 またぶり返した笑いに顔を背けた。 それから、浦原の笑いが収まるまで少しの時間を要した。 そこまでになってしまうと、いい加減日番谷も自分が怒鳴ったことすらも 今やどうでも良い様な感じがしてきた。 「あ〜・・すみませんでした。」 未だ、目に浮かぶ涙を拭うと日番谷の方に向きかえった。 「いや、すみませんね。ただね・・何だか可笑しくって。あなたがそこまでアタシの事を 気に掛けてくれていたとは思ってませんでして・・とっても嬉しいっすよ。」 「ふざけるな!莫迦にしてるのか、テメェ!!何で何も言わなかった? それとも何か、裏で笑ってたのか?」 ギリリ・・と強く日番谷は唇を噛む。それは強すぎて、薄い唇の皮を切り・・つぅ〜・・と血が滲む。 「在のままの素のアタシを晒していたのはホントです、 だけど・・またこの姿も本当です。 余りにも日番谷さんが気を許してくれていたから・・少し惜しい気がしてね。 らしくもなく、云いそびれましたよ。年ですかねぇ・・ 情に脆くなるというか・・離れ難くなるっていうか・・。 それでも、君が眠る横にいるコトを許してくれるのなら・・まだソコに在りたいと思ってますよ。」 つぃっと日番谷の口端の血を拭い、「傷になっちゃいますよ。」と呟いた。 「・・・大馬鹿者だな・・テメェは。」 「そうやって改めて言われると、意外とショックなんっすけど・・。」 「勝手にしろ。好きにすれば善い・・前に言っただろ、あんたの近くは心地よいって。」 そう言い放つと、日番谷は後も振り返らずに歩き出す。 「・・・・?ちょ、ちょっと待って下さいっすよ!ねぇ、ねぇ・・て事は アタシが横にいるの許してくれるってことっすか?」 「・・煩ぇ。」 「ちょいっと、日番谷さん・・そこん処をハッキリと言って下さいってv」 「言えるか、ボケ!」 中空に新円の白い月が昇る中・・二人の声がこだまする。 それはまるで戯れるように・・ふざけ合う様に・・。 君が許してくれるのなら・・・ アタシはその横に在り続けたいと願う・・・。 君、眠りし横に・・・。 <終わり> 飾曲:little*music 【君のもとへ】