【第参抄 交叉】


ざわざわと五月蝿い位の囁き声が聴こえてくる。

それは、やっかみを含んだ陰口だったり羨望を載せた言葉だったり。

入学してから半月が流れ・・もう悪い意味でも良い意味でもその手の眼差しや態度に

日番谷は馴れていたが、やはりいい心地ではないのは確かだ。

なんたって、余り人が寄り付かないのだから、自然と一人のことが増えてしまう。

「おい。」

一言声を掛ければ、驚いた様な舞い上がっている様な声が返り話しになんてならない。

それが続くと、そういうのが面倒になり
自分からも余り声をかけなくなった。

だけど、時たま・・顔を出してくる雛森は相変わらず構わず声を掛けてくる。

「日番谷くん!またそんなとこで一人でいるぅ!!」

「うるせぇな〜・・何だっていいだろ。眠いんだ・・オレは。」

そう言って、再び瞳を閉じるとぐぃっと腕が引っ張られた。

「ちょ・・おい!」

「本当、人付き合い下手くそよね。そんなんじゃ・・私心配で卒業できないよ。」

「あのなぁ・・・。単位が足りなくって卒業できないのをオレの所為にするなよ。」

「ひどい!残念でした、ちゃんと単位も足りてて晴れて卒業できますv」

そう言って、べーと舌を出すとコロコロと笑った。

雛森は今年の春には彼女の言うとおりこの学院を巣立ち・・晴れて護廷十三隊へと進んでいくのだ。

「そんな余裕ぶっこいてると、入隊試験でしくじるぞ。」

ぼそりと呟いたのにも関わらず相変わらず耳聡く聞きつけると、

ぷうっと頬を膨らませて怒ってみせる。

「でもシロちゃんなら、必ず席官入りを果たしそうだよねv」

「あぁ?んなの分かるかよ。物凄い大ドジやらかすかもしれねぇだろ。

人の事より、自分の事を考えろ。んなに器用な性質じゃないんだからよ。」

にぃっと笑ってみせると「もうっ」と雛森が返してくる。




******





桜の満開の頃。彼女は無事に卒業していったのは・・・もう3ヶ月も前の事だ。


「おぉ、日番谷。こんなとこにいたのか。」

「?」

眠たそうな目を持ち上げると、目の前に立つ教師を見返す。

「あ〜・・悪いんだが、お前雛森の知り合いだったよな?」

益々、訝し気な表情を浮かべると「まぁ・・。」と短く答えた。




「なんで・・オレが・・・。」

はぁ〜・・と大仰な溜息を付くと、日番谷は左手に握られている封に目を落とした。

先ほどから通された一室で息が詰まりそうな思いをしている。

いくら真央霊術院からの遣いとは云え・・そう易々とは護廷十三隊の官舎内を

歩き回るなどは許されず、日番谷は来客用の間で待たされているのだ。

教師からの頼まれものは雛森の院生時の書類で護廷の方から提出するように

依頼が来ていたらしいが、それを日番谷に行くようにと云い付けたのだった。

「普通渡すか?一介の院生に・・・」

だが、日番谷は一介の院生ではあったものの・・その存在や話は

もう護廷十三隊にまで届いていたのだ。

そこで敢えて教師は日番谷に云い付けたのだった。少しでも彼という存在を実物で見て貰う為に。

不意に日番谷は視線を雪見障子に向けた。微かに見える外の風景をぼんやりと見詰める。

―早く・・桃の奴来ないかな・・。

長閑な中庭を死神が歩いていくのが目に入る。

が、次の瞬間。日番谷はその障子を開け放ち、来客の間を飛び出した。

「・・・?!」

視線を方々に散らして、その存在を確かめようと巡らす。

今、確かにあの銀糸が視界を掠めていったのだ。

「何処だ。何処行きやがった・・・」

捕らえた微かな気配に日番谷は回廊を飛び降りて走り出していた。

見かけた死神たちが驚いた様に短く声を上げたが、そんな事になど構ってなどいられなかった。

やっと、微かな影を捉え掛けているのだ。

やっと・・その影が視界を掠めたのだ、ここで逃して堪るものかと駆け出した。


息があがる。鼓動が五月蝿い位に高鳴る。



【何処だ】



官舎の裏に曲がっていく姿が視界の端に掛る。

後先考えずに、日番谷はその後を追った。

「・・・?」

今の今までいた筈だった。確かに数秒とも掛らずに追ったというのに、その姿はなかった。

「・・何を考えてんだ。死神なら・・当たり前か。オレはバカか?」

何故だか酷く自分の行動が馬鹿らしくなり、日番谷はその場に座りこんだ。

苦笑が込み上げてくる。バカバカしい。

少し考えれば追いつく筈もない位分かるはずだ。

それに、アレが奴だったかなど確証はなかったのだ。何を必死に夢中になって追っているのだ?

「っハハハ・・」

笑いが途切れた。冷たい指先が視界を覆う。

「何か面白いことでもあられました?」

「・・?!」

言葉が詰まる。動きが封じられたかの様に見動くができない。

「なぁ、ボクにも教えてや。それとも・・もっと他の理由やろか?」

「てめぇ・・・。」

ククク・・と偲び笑いが聴こえてくる。

「まさか、此処まで来るとは思ってもみんかったわ。」

ゆっくりと手が離されると、視界が開ける。

「約束だぜ・・」

言いかけた時、数人の人の気配がしたかと思うと雛森と共に二、三人の死神が姿を現わした。

「シロちゃん、こんなトコで何やってんのよ!」

「雛森。」

雛森は市丸の姿に気がついて、姿勢を正すと深く礼をする。

「あぁ、気にせんといてや。ボクが彼を誘ったんや・・噂の天才児はんを

一目この目で見たいなぁと思ったんや。」

「は?!」

眉間に皺を寄せて睨み返せば、市丸は笑みを深める。

「お初にお目に掛ります。ボクは一応・・護廷十三隊、

五番隊副隊長の市丸ギンや宜しゅうなぁ。」

すっと差し出された手を見詰めていると、後ろから雛森にとつかれた。

「何すんだよ?」

「何って?シロちゃんこそ、何やってんの。失礼じゃない!!」

慌てふためく雛森の手前、仕方無さそうに手を握り返す。

「初めまして・・日番谷冬獅朗です。」

何やらとても楽しそうに笑みを浮かべると、市丸は日番谷の手を引っ張って耳元で囁いた。

「ようやっと、ここまで辿りついたみたいやな。ずっと待ってるで。」

そして離された手を見詰める日番谷にーまたな。と云うと市丸はその場を後にした。





やっと知りえたその名。

だけど、捕らえられたのはまだ影だけだった・・。

やっと交叉したに過ぎなかった。








<終わり>











 BGM by【遠来未来】 遥 
                      〜はるか〜






やっと、現代に戻れます。次回くらいで・・。
もうちょっと、もうちょっとですv
お付き合い下さいvvv