小さな小さな5花弁の花・・。
火の国、木ノ葉隠れの里にだけ咲く花。
薄青色した小さな花・・。
『淡雪』
「あ・・『淡雪』だ・・。」
小さな薄青色した5花弁の花が揺れていた。
足を止めると、心の中で祈る・・。
何時の頃からの習慣だろうか?
ずっと・・昔に誰かが教えてくれた。
『淡雪』は木葉独特の花・・。
だから・・任務に出た者が迷わずに帰れるように花を咲かせると・・。
その匂いが風に乗り、待っている者の祈りも共に届けると・・。
『淡雪』には祈りの思いが込められているのだ。
だけど・・それと同時に『淡雪』に『折鶴』が添えられた時・・
それは『英雄の誕生』を示す・・。
「はぁ〜・・イルカ先生の手料理美味しかったですv」
「それは良かったです。」
急須から温かいお茶を注いでカカシ先生の前に差し出す。
気がつくと、彼の視線がじっとこちらに向けられている。
「な・・何ですか?」
照れと居心地の悪さに居た堪れなく口を開く・・。
すると、彼は表情を和らげた。
「・・イルカ先生、何か心配事あるでしょv」
のん気な口調で言われた言葉だが、確実にそれは的を得ている。
この人といると、時折悩んでしまう。
そんなにオレって顔に出易いのかと・・。
曲がりなりにも一応、忍なのだからそう易々と感情を読まれてしまっては
お話にならないのだ。
だけど決まって返される言葉は・・
「アナタだから分かるんですよv好きな人のことですもん、当然でしょv」
そんなこと言われたら何て返したら良いのかなんて分からなくなってしまう。
ただ・・かぁ〜っと熱くなる自分の体温を感じながら俯くしかなくなるのだ。
「いえ・・ね、此の頃よく『淡雪』を見かけるなぁ〜・・て思いまして。」
「『淡雪』ねぇ・・。」
それは・・難易度の高い任務が頻繁に下されていることをあらわす。
任地に出向く者たちが少しでも安全に早く戻ってくる様にと
祈りが込められて植えられるのだ。
難易度の高い・・上忍の領域・・。
つまりはいつカカシ先生に下されてもおかしくはない任務・・。
「ねぇ、イルカ先生v『淡雪』の名の由来って知ってます?」
「いえ・・。」
「『淡雪』ってね・・本来の色は『白』なんです。
仄かに咲く小さな花なんせすけどね・・気がつく頃には溶けて
消えたかのようになくなっているんですよ。」
それは雪の淡雪と同じ・・。
誰かに気が付かれた時にはまるでそこにはなかったかのとうに・・
幻のように消えていく・・。
昼間見たあの『淡雪』を思い出す。
「なんか淋しいですね・・。」
「そうですか?オレ・・けっこう好きなんですよね。すごく綺麗で・・
いつかイルカ先生にも見せたあげますよv白い『淡雪』の花。」
薄青色した『淡雪』でさえ切なさを感じるというのに・・
白色の『淡雪』なんて・・。
「うわぁっ!?」
突然・・腕を強く引かれてそのままカカシ先生の腕の中へと囲われる。
とっくん・・とっくん・・と鼓動が聞こえてくる。
「大丈夫vオレは生きてるし・・傍にいますよ。」
そんなことを言いながらカカシ先生はいつもの笑顔を浮かべている。
全てはお見通しなんですね・・。
オレはこんなにも弱かったのだろうか・・。
こんなにも脆かったのだろうか・・。
そう・・ただ失うのが怖いだけ・・。
「あ・・ちょ・・。イルカ先生、泣かないで下さいよぉ〜・・。」
困ったような声が聞こえてくる。
何度も何度も優しく触れてくる手に・・その声に・・
縋り付いてもいいのだろうか?
だけど・・この人を困らせたいわけではない。
まだ幾分か赤いであろう目でゆっくりと見上げて微笑んでみる。
ほっとしたかのような笑顔が返される。
できることならば・・
この人の為にオレが『淡雪』を植えることがありませんように・・。
相変わらず穏やかな日々が続いている。
あれ?身体が重い・・・。
体力不足だと自分を叱責しながらアカデミーの最上階にある
資料室へと足を運ぶ。
気だるい身体は思うように動かない・・。
風邪でも引いたか?と首を傾げる。
放課後の人気の少ない館内に・・屋外の子供たちの声が響いている。
目的の階につくと・・一番奥ばった部屋のドアに手を掛ける。
ドアを開けると共に古書独特の埃臭い匂いがしてくる。
「けほけほ・・。た、たしかコレは左奥だったよな。」
手に携えた資料の場所を確認しながら脚立を準備する。
カツ・・カツ・・金属独特の硬質な音がする。
脚立の上に立つと、棚へと手を伸ばした。
やばい・・
そう思ったときには遅く、天井と床が揺らぐ・・。
ぐらり・・
激しい音と共に身体が床に叩きつかれる。
起き上がれねば・・直さなくては・・と思う意思とは真逆に
意識は急速に加速をつけて落ちて行く・・。
「イルカ先生!」
掛けられた声に気がついて身体ごと振り返る。
カカシ先生がいつものように笑って手招いている。
「こっちです。」
引かれるままに深い鬱蒼とした森を抜けていく。
一体ここはどこなのだろうか?
さっきからいくら尋ねても「いいから、いいからv」と顔だけ振り返られる。
すると・・突然に森が消えて光が満ちる。
あまりの眩しさに目を瞑る・・。
「イルカ先生、見てくださいv」
ゆっくりと目を開けると・・未だ光になれずシバつかせる。
序々になれた目がとらえた風景は・・
それはまるで雪原かと見紛う程の一面の白い『淡雪』たち・・。
風に揺られ・・さわさわと波立つ。
「綺麗・・。」
隣りに人の気配を感じてカカシ先生かと振り向く。
「教えたでしょ・・。全ての人々の祈りだと・・。」
優しく微笑むその人物たちは・・なき人々。
風に揺られ・・彼らの姿が・・声が大気に溶ける。
多くの人々の祈りに支えられて私たちは生きている。
祈りなさい・・。
そして忘れないで・・英雄たちのことを。
いつかあなたも誰かの為に『淡雪』を咲かせるかもしれない・・
その反対もあるかもしれない。
だけど・・忘れないで。
わたしたちは・・全ては共にあることを。
あなたと共に祈っている・・。
『淡雪』は・・『英雄』たちは・・姿を消してもこの地と共に生き続けている・・。
「だけど、かぁさん!」
手を伸ばそうとした瞬間・・一陣の風が吹き抜けて・・
ただ一人『淡雪』の中に佇む。
一人・・そうアノ人の姿すらないのだ。
鼻を擽った『淡雪』の香りに目頭が熱くなるのを感じながら・・。
「う・・ん。」
目覚めると、よく見知った木目の天井が目に入ってきた。
額にはよく冷やされた濡れタオルが置かれている。
室内は程よく暖められてお湯の沸騰する、しゅ〜しゅ〜という音がする。
程なくして人が近づいてくる音がした。
起こさないようにとの配慮の為かドアが音もなく開かれて、
そっと人が滑り込んできた。
「カ・・カカシ先生。」
喉が張り付いてしまったかのように上手く声が出ない。
そんな擦れた声にも気がつき彼は素早く自分の元に寄って来た。
そしてス・・と手が伸ばされて額を触る。
ひんやりとしたその冷たい手が心地良かった。
「まだ熱が下がってませんね。イルカ先生、3日間も眠り続けてたんですよ。
全く、体調が悪いのに無理しないで下さい。」
怒り気味ながらも安堵の表情を浮かべている彼に手を伸ばす。
力に入らない手で軽く彼の頬に触れて安心した。
まだ彼はここにいると・・。
「イルカ先生?」
不思議そうに見返すカカシ先生。
「夢を・・見ました。一面の・・白い『淡雪』の・・。そこで沢山の人と会いました。
中には・・オレの両親もいました。」
カカシ先生は黙って聞いている。
「・・でも最後にはみんなオレを置いていなくなるんです。・・アナタもです。
姿が見えなくとも共にいるのはわかります・・だけど・・だけど・・」
ごめんなさい。
普段なら絶対にこんな事言いません。
それは困らせるだけだから・・。
だけど・・今だけ・・。
今だけ熱の所為にして言わせてください・・。
「・・一人にしないで・・。」
小さく小さく呟いたけど・・それでも必死の声・・。
包むように白い手が伸びてくる。
落ち着かせるように何度も髪を撫でる・・。
「大丈夫。大丈夫だから・・。オレはイルカ先生を一人にはしないから・・。
ずっと傍にいるから。前にも言ったよね・・。」
それは呪文のように・・優しく紡がれる。
優しく・・優しく・・眠りへと誘う・・。
眠りに落ちた自分に彼は優しく口接けた・・。
まだ赤い目蓋に・・。
涙の後に・・。
そして・・彼は任務へと闇の中へ姿を消した。
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BGM by: 遠来未来『月の花・・』