ゆらゆら・・と朧気に揺れるその姿は・・いつのものか?
はたまた・・夢現のものなのか・・。
だけど・・気がつく。
凍てつく外気のし巻く中・・それは重なっていくことに。
そして・・それは『現』と成る…。
『現』と『朧』の狭間
「泣けたら楽になれるのかな・・。」
「かもね、泣いてみる?」
冗談交じりに返されたカカシの言葉を受け取ると、イルカは顔を近づける。
「胸貸してくれるの?」
「いいよ。イルカなら喜んで。」
ニッと悪戯っぽく笑うカカシに対して同じ様な笑みを浮かべてみせた。
そして・・・
「じゃ・・遠慮なく」
と、いきなりその胸にイルカは顔を埋めた。
「えっと・・あっと・・、ちょ・・ちょっと・・イ、イルカ・・ねぇ・・。」
突然の事態にカカシは慌てて・・そして躊躇う。
イルカが泣くなんて・・どうしたらいいんだ。と・・
「・・イルカ・・・ねぇ」
自分の胸に顔を埋めたまま動かないイルカの髪にそっと触れる。
まるで割れ物にでも触るかのように。
鼓動が妙に速まっている。
どうにかその動揺を抑えると、再びその名を口にした・・・。
「イルカ・・。」
不安げな己の声だけが空間に浮かび上がって聴こえる。
今までのいない動揺が強くカカシに忍び寄りはじめる。
まるでそれは初めて母親の涙を見た子どもの感情に奇妙に重なった。
自分が強いと思っていたものは・・脆く繊細な部分を抱えているのだと。
そしてそれと同時に怒りすら覚える。
イルカがここまでも追い詰められてしまっているのかと。
「・・な〜んてな。」
しかし、そんな声と共にまるで何でもない顔をしてイルカが顔を上げた。
涙の跡すら残ってはいない。
「・・びっくりした?」
「イルカぁ・・。」
ホッと・・安堵の表情をカカシは浮かべた。
「泣くわけないだろ。お前が傍らにいてくれるのに。・・だけど。」
そう言ってイルカはカカシの方に手を伸ばした。
「え・・・何?」
イルカの手がカカシの額当てに掛かり・・そっとそれを押し上げた。
露にされたその左の瞳は澄んだ朱をしていた。
イルカにとってこの世で一番好きな色・・。
それが今は影を落としているように見える。
「ほらな・・やっぱり。」
「な・・何?」
その変化はきっと本人であるカカシですら気が付いてはいないぐらいに
微妙な変化だったもであろう。
「お前は我慢するな。こっちの目は素直なんだよ・・。」
普段、額当てによって隠されて、露になることのないその瞳は
何よりも雄弁にカカシの心理を語る。
(まぁ・・そうは言っても、誰しもが気がつける程のものの
変化ではないのだが・・。)
「別にオレ・・泣いてなんかいなぁ・・」
その言葉が最後まで紡がれる前にカカシはイルカに抱き込まれた。
ギュッ・・と抱きしめられたイルカの腕の中で深く息を吐き出した。
「別に・・泣いてなんて・・」
繰り返し呟かれる言葉。
「うん・・わかってる。わかってるから・・。」
そう言って優しくカカシの髪を何回も撫で返す。
「泣いて・・なんか」
小さく呟かれた言葉。
「うん・・。」
優しく紡がれる言葉。
「・・オレは本当の意味での涙を知らないのかもしれない。だけど、お前は知っている。
だから・・オレの前でだけは、我慢しないで」
祈るような・・諭すような・・優しい温かい響きを含んだその言葉に
カカシの中でスッ・・力が抜ける。
「う〜ん・・イルカの匂い。」
「バカ・・。」
だけどイルカは気が付いた。
自分の胸元をそっと濡らすものがあることに・・・。
泣きたいときはいくらでも泣かせてやるし、いつまでもその傍らにいる。
甘やかして欲しいときはいくらでも甘やかしてやる・・だけど、
オレはお前を泣かしたソレを許すことは有り得ない。
許せるはずがない・・。
絶対に。
−よぉ・・。上手くやってるか?
不意に己の耳のあの10班の上忍師の低い声が届いた。
僅かに身を強張らせて瞳だけをその声のする方へと動かした。
−んなに怖い顔するなって。大丈夫だよ・・オレの実態はそこにはねぇから。
オレの声が聴こえているのはお前らだけだ。声に出さずに考えてみろ。
そしたらそれだけで話せるからよ。
アスマの言葉に瞳を見開くが素直にそれに従がう。
(どういうことだ・・。)
−在りのままよ。お前らが見ていた偽りの仮面が剥がれたんだよ・・。
(だけど・・。)
−アイツらはお前らの記憶を消せと言ったが・・オレはそのつもりは無い。
後はお前ら次第だな。
(ンなこと言われたってばよ。大体・・オレ達、この後どうすればイイってばよ。)
−ほぉ・・。
アスマは二人の声を聞いて目を細めた。
この二人の声は、あの状況下においても落ち着きを取り戻しつつある。
幾分かの恐ろしさをまだ抱えてはいるのだろうが、それも時期に消えて
冷静さを取り戻すことだろう・・。
(なんだってばよ。)
−いや、何でもねぇ。そうだな・・本来ならそのぐらい自分らで考えろって言いたいが・・
どうも面倒臭ぇことになりそうだからな。
そう言うと、アスマは沈黙する。
(おい・・。)
(どうしたってばよ?)
サスケとナルトの声が同時にかかる。
−たく・・。少しは黙ってられねぇのかよ。
いいか、あの二人が家の中に消えたらそのままゆっくりとそこを離れろ。いいか、絶対にゆっくりだ。
間違っても走り去ったりするな。そんなことしてみろ、すぐに仕掛けが反応するかあの二人がすぐに
追って来るかのどちらかだ。まぁ・・どちらにしろ確実に掴まる。
あの二人に追われてみろ・・それこそ生きた心地なんてしないぞ。
正気すら保っていられるかだって怪しいだろうよ。
(じゃぁ・・どうすればイイってばよ。)
怒った様な困った様な困惑したナルトの声が返ってくる。
−だからゆっくり離れろって言っているんだろうが。
(フン・・。)
そう、ゆっくり何も考えずに離れればそれは一般人や動物の気配と何ら変わらなくなるのだ。
そうすれば例え気配に気が付かれたとしても見逃されるのだ。
もしも、これが敵であればどんなにゆっくりと動いたところでその身に帯びた任務意識から
すぐにバレてしまうのだが、今の子どもらならば大丈夫だろうとアスマは踏んでいた。
(わかったってばよ・・。サスケは・・大丈夫だな。サクラちゃん行ける?)
サスケをチラ・・と見た後にサクラに視線を動かす。
(・・大丈夫よ。大丈夫。ナルトに出来て私に出来ないはずがないわよ。)
にこ・・と笑ってみせたその笑顔は微かに恐怖に怯えていた。
(サクラ・・これ持ってろ。)
そう言うとサスケは自分のポケットから布を取り出した。
(あ!オレもだってばよ。)
にっ・・笑ってナルトも布を取り出した。
二人から渡された布は二人の温もりを残して温かかった。
それを渡されてサクラは落ち着いた気がしたのだ。
(サスケくん・・。ナルト・・。有難う、私は大丈夫!)
再び向けられた笑顔はサクラのいつものそれであった。
二人も同じ様に軽く微笑む。
その様子に耳を傾けていたアスマは煙草に火をつける。
いいスリー・マンセルになってやがる。と一人心の内で思う。
−そこを抜けたら一条橋まで来い。そこで待っててやるからよ。
(了解・・。)
そして再びサスケはナルトとサクラに目をやる。
ふたりは先ほどよりも悪い意味での緊張が無くなり、今は良い気配を帯びているみたいだった。
いつもの3人の姿がそこにあり、これならば何とか一条橋のアスマの元へ行けそうであった。
やがて、カカシとイルカは冷えてきた。と呟いて庭の縁側を後にした。
室内に灯りが燈り・・中の気配は寝室の方に消えていく。
(そろそろか・・。)
そう思い後ろに振り返ると、二人も同時に肯いた。
(行くぞ・・。)
(おうよ。)(いいわよ。)
そっと3人は草陰から姿を現した。
普段どおりに何気なく足を踏み出す。
(普段・・何考えてる?それを考えろ)
こくり・・と肯くふたり。
(ラーメン!)(サスケくん!)(・・・。)
「どうやら戻って来れたみたいだな。ん?どうした?」
3人が揃いも揃い浮かない顔をしている。
「やっぱり・・私たちの記憶は消されるんですか?」
「さっき言っただろうが・・その気は無いって。」
「でも・・火影様への報告には・・。」
チッ・・小さく舌打ちするとガシガシと頭を掻く。
「はぁ〜いいんだよ。ガキは一々細かいこと気にするな。その代わり・・お前らは消された振りして、
あくまでも普通にしていろ。」
「大丈夫だってばよ!!イルカ先生はイルカ先生だし、カカシ先生だってそうだってばよ。」
力強く胸を張って見せるナルト。
その様子にアスマは心内で笑んだ。
−やっぱりな。
この子どもたちはきっとあの二人のどんな姿を見たとしてもきっと拒絶することはないだろう。
否、初めは当惑を見せるかもしれないがそれに素直に納得するのだろう。
その存在をそれとして認めることができるのだ。
『認める』・・その言葉はこの子供らにとって一番重く大切な欲し続けている言葉。
そしてそれはまたあの二人にも同じことが言えるのではないだろうか?
「なら帰るか・・。仕方ねぇから送っていってやるよ。」
「は〜い!!」
翌日・・
何事もなかったようにイルカたちは学校に登校する。
周りを小さな子どもたちが楽しそうに駆けていく。
「イルカ先生、おはよう!!」
「あ〜!カカシ先生だぁ!」
きゃきゃ・・と騒ぎ楽しそうな子どもに目を細める。
後少し・・後少しすればこの光景を目にすることもなくなる。
そう、『先生』と呼ばれることすらなくなるのだ。
「おはよう。ちゃんと宿題やったか?」
「あ〜!!オレ忘れた!」
「またか・・さん太!」
腰に手をやり怒った表情でその子どもを見下ろすと、子どもは困ったように笑う。
そして一目散に逃げていく。
「ごめんなさい、イルカ先生!!」
「あ、コラ!・・たく。」
その横でいまだ眠たそうな重たげな目蓋に瞳の半分を
覆われているカカシが歩いている。
「ほら、カカシ先生も早く行かないとまた・・」
そこで言葉が詰まる。
『またナルトたちに怒られますよ!』・・という言葉がいつもだったら
繋がるはずなのに出てこない。
「イルカ先生?」
不思議そうに覗き込んでくるカカシ。
「そうですね。またナルトやサクラに怒鳴られますね。
じゃぁ・・オレはここで!」
そう言って去り際にイルカの耳にそっと言葉を滑り込ませる。
(大丈夫?どうしたの・・?)
(悪い・・何でもないさ。疲れてんだよ少し。)
そう答えて振り向いたイルカは軽く手を振った。
「はい。遅刻しないで行ってやって下さい。」
「えぇ。」
そう自分よりもカカシの方が大変なのだ。
当の本人達を全て目の前にするのだから・・。
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