夕日を見た後に・・ナルトたちはイルカとカカシの二人と分かれて

逆方向に歩きはじめていた。ジャリ・・ジャリ・・と小石が転がされる音がする。

夕日はとおに山の端にとっぷり・・と沈んでいて、蒼闇の空には月が天高く昇っていた。

月が放つ柔らかい白い光は・・3人の帰りの道を照らすのに充分なだけの明るさを持っていた。

先程までの・・あの二人といた時ほどの元気が今の3人からは伺えなかった。

俯き加減にされた視線に黙り込み、誰も口を開こうとはしなかった。

3人の脳裏に浮かぶのは、あの笑顔・・に・・揚々のない声・・。


−いつもと何も変わらないはずなのに・・−


「・・あのさ・・」

とうとう、耐え切れなくなったようにナルトが口を開いた。

その声にサスケとサクラが足を止めて振り返る。

「・・あのさ・・。」

しかし・・再び口篭もる。

話したいことは確かにあるけど、

それをどう表現したらいいのかが分からないのだ。

多分、それは他の二人にも同じことが言えたのだろう。

二人は黙ってナルトの方を見ていた。

「なんかさ・・なんか・・。本当に上手く言えないんだけど

・・今日のイルカ先生もカカシ先生も何か変だったてばよ・・。」

やっとの思いで紡がれた言葉。

言葉としては、おかしいかもしれないが同じものを感じていた

二人に伝えるには充分な言葉だった。

「・・あぁ。」「そうね・・。」

それぞれにナルトの言葉に首肯いた。

「・・よくは分からないが、アイツ等はいつもと違ったな。」

「さっき・・夕日見ていた時に、オレってば見っちゃたんだ。

 何にも考えないでイルカ先生の方みたんだけど・・

 笑っているんだけどなんか違うんだ。」

絞り出されるような声・・。その表情には困惑が見受けられた。

自分が何よりも信頼を置いて・・その背を見つめてきたはずの人物たちが

垣間みせた・・知らない顔に。

正直・・怖いと思った。

まるで・・全く知らない別人のような感じを覚えたのだった。

併せられた視線は、確かに自分に向けられていたのにも関わらず

自分を通り越して

・・別のものを見つめて笑んでいた。


「今夜は・・明るすぎる。」

天高く映えるその白い月を認めてカカシが呟いた。

「・・大丈夫。俺たちが出る頃には随分と傾いているだろうから・・。」

「そっか。」

納得したかの様に視線が自分の方に戻された。

「今夜のこと楽しみ・・?」

その灰色かかった蒼い瞳が人の様子を

伺うかのようにそっと見つめてくる。

その真意を知りながらもあえて外した答えを返す。

相手が今・・どんな言葉を求めているのかは

手に取るように分かるけれども・・。


「さぁ・・べつに」

「何それ・・?」

思っていた通りの反応が返ってきたことに、ふっと笑みを漏らした。

「嘘。・・嘘だよ、ちょっとからかってみたかっただけ。

 だって、お前があんまりにも当たり前なことを聞くから・・」

カカシと一緒の任務が楽しみでないはずがない。

久々の任務は・・一昨日の晩に言い渡されていたもの。

御呼びがかかり、火影の間の暗がりの中で下された命・・。

相手の顔もこちらの顔も共に影がかかり・・

きっとどんな表情をしていたかは、分からなかったことだろう・・。

でも立ち去り際に投げられた言葉を思い出す。

−何やら楽しそうじゃな・・。

呆れたような、仕方がないと言った感覚を含む言葉に内心苦笑した。

−流石は・・三代目。・・てね。

俺たちに下された御勅令は・・

[木ノ葉隠れの里に存在する間者の掃除]−しかもSランク・・。

危険度というよりも騒ぎを公にすることが許されないとのこと・・。

そして・・その白羽の矢が暗部としての

オレ達ふたりに立てられたというわけだった。

確実に・・その存在を消せる者として・・。

「どうしたの?」

見つめてくる視線はオレの内側を探っている。

「うん・・ちょっとね。」

カカシには言わないけれど気がかりなことが一つある。

「ナニ・・?」

だけど・・それはまだ確定したことではないから言わない。

余計な心配はさせたくないから。

「なんでもない。・・カカシの気にするようなことじゃないから。」

そう・・はっきりしてからでも遅くはないだろう。

カカシの手を煩わせる程でもないのだから・・。

「イルカがそう言うなら・・。でも一人で抱え込むなよ。」

「あぁ、分かってる。それより、早く家に帰って

・・その家畜臭い匂いを取れよ。」

「え・・匂う?おかしいなぁ・・。」

くんくん・・と自分の身体の匂いを嗅ぎ回り、首をかしげる。

「鼻が完全にイッてるな・・。」

呆れたように笑うと、つられた様にカカシも笑った。


家に帰ると、早々にカカシは風呂場に消えて入った。

どうやら・・家畜臭いという言葉が気になっていたらしい。


「イルカ・・。」

風呂場から白い湯気と共にカカシが姿を表わした。

まだその髪は濡れて湿り気を帯びている・・。

「イルカ・・?」

呼ぶ声に応える声が返っては来ない。

いつもならすぐにでも返って来るはずなのに・・。

自分の中で何かザラついた感覚を感じながらもソレに首を振った。

捜している人物を求めながら視線が彷徨う・・。すると・・


ヒョ〜ウ・・ヒョ〜ウ・・ヒィ〜・・


奇怪な声が裏庭の辺りから聞こえて来た。

何か?と思い裏庭に足を運んだ。

一瞬、自分の目を疑い・・もう一度目を凝らしてその部分を凝視した。

それはまるで夜の闇の一部が蠢いたかと思わせる・・。

ゆっくりとその漆黒の大きな翼を羽ばたかせて

差し出されたイルカの左腕に舞い降りた。

『鵺』だ・・。その闇夜のよりも暗い漆黒の身体に大きな黒い翼。

紅い鋭い光を宿す・・瞳。

夜に空を舞い、その奇怪な啼き声から古来より凶鳥・・

『死を宣告する鳥』と畏れられ続ける鳥・・。

だけれども、今・・この目の前にある光景は

何よりも幻想的で美しく思える自分は狂っているのだろうか

・・いや遠の昔に狂っていたのかもしれない。

「どうした?ぼ〜として・・て、ちゃんと乾かさないと風邪引くだろうが・・。」

そう言って伸ばされた手は自分の肩に掛かるタオルを取り、

程よい力加減で髪の水分を拭っていく。

「それって・・鵺だよね。いつの間に?」

「あ・・コイツ?ん〜・・此間、家の掃除してたら奥底に眠っていたから

試しに開いてみたら契約できたから・・。」

肩に鵺を乗せながら髪を拭いているイルカを見上げる。

「で・・何を調べさせてたの。」

「あ・・うん。」

らしくもなく歯切れの悪い声が返ってきたことに顔を顰める。

その自分の髪を拭う腕を掴み、振り返った。

「ナニ・・?」

じっとイルカのその漆黒の瞳を見据える。

すると・・軽く溜め息を吐くと仕方無さそうに話し出した。

イルカの話しでは・・今回の任務に引っかかる点があり、

『鵺』に監視させた人物がいたらしい。

それは・・実は間者の中に手配書に載っている要注意人物の影があったのだ。

まだそれだけならば、特に気にはかけなかったのだが・・

その人物はとある事に目を付けていた。

それは・・この木ノ葉隠れの里が手懐けた巨大な妖に、

そして滅亡の道を辿った数奇な命運の一族の末裔・・。



「う・・。」

小さな呻き声を上げてサスケが瞳を開いた・・。

ここは一体・・どこなのだろう・・?ゆっくりと周りを見まわす・・。身体には力が入らない。

そして・・徐々に鮮明になっていく思考と共に、自分の身に起こったことも思い出す・・。

確か、イルカとカカシと分かれて少し経ったぐらいだろうか・・。

不穏な気配を感じ取り、身構えて時には遅かった。

辺りから異臭が立ち込めて・・身体の力を奪われると共に

抵抗する気持ちとは裏腹に思考が急激にブラック・アウトしたんだ。

ハッ・・として近くに目を遣ると、自分と同じ様に倒れている二人の姿があった。

「ナルト、サクラ・・。おい・・。」

抑えられた声で二人に声をかけると・・小さく身じろいだ。

そして、薄っすらとその瞳が開けられた・・。

二人の視線も同じ様に宙を彷徨い・・サスケの姿を認めると同時に見開かれた。

「・・どういうことだってばよ。サ、サクラちゃん怪我ない?サスケは・・?」

ナルトの問いかけに二人は軽く首を振った。

その仕草にナルトはほっとしたようだった。

さて・・ここからどう抜け出す・・。

きっと自分ひとりであればどうにかなる。

だけど、今はナルトもサクラも一緒なのだ・・。

自分がしっかりしなければ・・。

「・・オレ達、3人でスリー・マンセルだってばよ。」

予期もしていなかった言葉に軽く笑む。

どうやら・・自分の考えていたことはこの二人にはお見通しらしかった。

だが、その笑みも次の瞬間には消え失せた・・。

いや、自分だけではなくサクラ・・そしてナルトすらも。

闇の中に轟く、切り裂くような声に3人は外へ飛び出した。

そこには想像していたものとは違う光景が横たわっていた。


・・それはまるで優雅に美しい鳥々が空を舞うかの様に・・

だが、その余りにも美し過ぎる姿は反って恐怖を煽る・・。

妖艶な美しさを纏う鳥の舞は“死への誘い”。

一瞬でも心を奪われれば・・その刹那の間に全てを持っていかれる。

ドックン・・ドックン・・と脈打つ。

その気配の中でサスケは拳を力強く握る。

自分の精神が彼らに持っていかれない様にと・・力強く・・強く・・。



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