自分たちの置かれた状況の把握が出来ていた為、無意識でも気配が
消えていたのが幸いしたのかもしれない。
もしその時僅かでも感知されていたら、殺されていただろうから。
自分たちのような下忍の気配が、何故気付かれなかったのか、疑問は残ったが。
『現』 と 『朧』 の狭間
今回のSランク任務は、何日以内に終わらせるという期限が切られている。
開始は昨日、火影様より任務を言い渡された瞬間であり、終了は次の朔の日…つまり3日後だ。
任務内容が間者の抹殺などの場合、暗部で普通行われる任務とは違い、
里に存在する忍に気付かれぬよう、
注意を払う必要がある。
それは、里の内部の者と密接に関わりを
持ってしまっただろう間者の死を見られ、要らぬ誤解を招くことで、
面倒な事態を引き起こすのを避けるためだ。
それが忍であれば、まだ任務として理解はできるだろう。『間諜の抹殺』だと。
しかし、木の葉の里へと移り住んでいる一般人の場合、
それを説明し理解しろと言うのは無理なこと。
そのため、盾に取るための人質として、一般人もしくは
ランクの低い忍と接触を持っているだろう間者が、
『単独で動いている時を狙う為』に、数日の猶予が与えられた。
もしこの任務を請け負ったのがこの二人でなかったのなら、火影の下した判断は、
出来る限り任務を予定通り運ぶための心遣いとして取られただろう。
しかし火影の判断は、間者が人質を取ることや、一般人に目撃されることではなかった。
任務を請け負ったカカシやイルカの実力なら、
たとえ人質がいたとしても難なく相手を抹殺することなど可能であった。
時間などいらない。任務を言い渡して数時間後には、
報告書を提出していることが可能な実力を、
備え持っているのは十分にわかっていた。
しかし、それを念頭に入れた上で、言い渡した数日間の猶予。
その今回の火影の判断は、イルカとカカシが任務遂行の為、
『一般人も巻き込んで、間諜を抹殺する可能性』が高いことを、
見越していたからこそ下されたものだった。
三代目は、イルカたちが暗部に入隊した時、既に前線を引いていた。
そのため、二人の暗部時代の活動は、任務報告書でしかしらない。
しかし、その報告書ですらわかるほど、残忍性に溢れていたことは確かで。
それが、下忍担当、アカデミー教員になったからといって、変わっているとは思えない。
薄暗い部屋の中、三代目火影は、溜息を付いた。
先程任務を言い渡した時、カカシはともかく、
イルカから漏れた不穏な気配を思い出して。
あの楽しそうな残忍な気配は、まだ火影自身が現役であったころ、
幾度となく感じたもので。
たとえ止めたところで、聴くような奴らではないだろう。
他の忍をとも考えるが、この任務を遂行できる者は、生憎と出払っていた。
再び溜息を付く。
幾人かの里の忍、一般人の命と、この先他に任務を受けれる忍が
帰還するまで間者が
野放しにされることで里が受ける被害。
それを天秤に掛け、里の忍と一般人の命を、火影は切り捨てた。
伸びる可能性のある者が人質に取られるなら
それは里としては痛手だが、このまま情報を流し続ける者を
放っておく方が、被害が大きい。
たとえ人質ごとカカシらが抹殺したとして、
それはそれでもうしょうがないことだと、即座に判断した。
無駄な足掻きかもしれないが、少しでも他者がいない場所で
任務を遂行しろと言う意味で、数日間の猶予を付けて。
ただ、一つ、なるべくそうはならないための『お守り』くらい付けておこうかと式を呼ぶ。
そして、現在は里にいるはずの上忍へと、通達を入れた。
猿飛アスマという、唯一あの二人を抑えられそうな、元暗部の男に。
「全く。何でアスマが一緒なんだろうね」
「火影様からの命だろ?」
「お前らのお守りだとよ。ったく、めんどくせぇ…」
不満そうなカカシに、やはりという表情を浮かべるイルカ。
そして、目の前にはカカシ以上に不満そうな顔をしている、アスマの姿があった。
時間は数分前へ遡行する。
暗部の正装に着替え、外套を羽織った二人のもとに、現れた一羽の式。
それは、形を曖昧にしか保たないという滅多にない形状をした式であり、
その式が纏うチャクラは自分たちと
何かと腐れ縁がある男のものであった。
眉を潜めたイルカに、式は用件のみ伝え、その場から消え去る。
後ろで同じ様に眉を潜めていたカカシにイルカが伝えたそれは、
猿飛アスマが任務へ同行することになった
という通知だった。
そして、ぐちぐちと文句を零しだしたカカシを宥めながら時を過ごし、
数分後、自分たちと同じ格好をした男が、イルカの家の庭へと現れる。
気配なく現れた男は、開口一番溜息を付き、彼独特であり部下にまで移った口癖を口にした。
そして、現在に至る。
「とりあえず、アスマは任務、邪魔しないでくれるかなぁ?」
「は?」
突然言われた言葉に、アスマが振り返る。
そこには、普段と変わらず飄々とした様子のカカシが、イルカの肩に凭れ、此方を見ていた。
「や、イルカがさ? 殺気立ってるから。邪魔されるとアスマ相手でも何するか…」
「人を猛獣みたいに言うな」
カカシの言葉に、イルカが突っ込む。
しかし、その瞳は、月の光が反射しているからではなく、銀に染まっていて。
猛獣と称しても何ら問題はない色だった。
「…できれば俺も、手出しはしないでほしいんだが?」
「わかってる。俺はまだ死ぬ気はないし、お前らが里の人間を巻き込まない限り、手出しはしない」
イルカの瞳の色。それの意味を正確に見止め、アスマは溜息を付く。
丁寧に見せかけて言われた言葉に、頷きを返した。
――もしここで拒絶をすれば、自分の命さえ保障ができない。
間諜の抹殺程度の任務。
しかも里の内部での任務で、命を落とすなんざ冗談じゃない、とアスマは内心呟く。
めんどくせぇと再び愚痴り、まだこの場に来て数分も立っていないのに、
何度目かもわからなくなった溜息を吐いた。
「とりあえず、俺は相手が里から逃げねぇように、門の辺りで待機してる」
「…ついてこないの?」
「俺に手出しさせる気なんざ更々無いくせに、そういう言葉を吐くな。
俺は間違ったとか言われて殺されたくねぇからな」
「あ、そういうことね…」
ふぅんと頷く。それは納得というより、アスマの意思を確認した様に見える。
もしこの場で付いていくと行ったら、どうなっていたのだろう。
アスマは考える。
しかし、答えは一秒も経たない内に弾き出された。
考える必要もない。
『任務中』というこいつらの踏み込めない空間に入れば、それは敵として認識されるだけだ。
この場では何もなくても、気配を感じた瞬間自分の首は胴と離れているだろう。
それだけのこと。
ただアスマには、まだ自分の肉体を屍にするつもりは一切ないため、
これ以上深く踏み込まぬよう話を逸らした。
「っで、敵の情報は?」
「四人。その内一人は木の葉から寝返った。他里の忍の一人は手配書に載っている奴で…」
「イルカが鵺で調べさせたみたいだけどね。ど〜やらナルトとサスケ狙ってるらしいんだよね」
イルカの言葉をカカシが遮る。
その内容に、アスマが眉を寄せた。
「はぁ?狐っ子とイタチの弟をか?」
「いい加減名前覚えろよ。うずまきナルトとうちはサスケだ」
スリーマンセル第7班との接触が殆ど無いため、
子供の顔は覚えていても、名前を覚えていないらしい。
その様子に、今度はイルカが溜息をつく。
昔からのその呼び名は、決してあの九尾のガキや、抜け忍のうちはの弟…
という意味ではなく、ただ単に、名前を覚えるのが面倒なため、
代わりとしての呼び名という意味で言っているらしい。
それは以前なら訂正する気も起きなかったが…何故か最近は、
いちいち覚えろと返す様になった。
それも、イルカだけでなく、カカシも一緒に。
それはただ単に、里の内部での生活には上手く順応しろと言う意味で言っているのだと、
本人たちも思っていた。
そう。その時は、まだ…。
既に丑三つ時を過ぎた頃だった。
完全に辺りが寝静まるのを待ったため、既に日付が変わり
二時間以上過ぎていたが、気にしてはいない。
アスマは既に里の門の辺りへと向かっていたし、イルカたちも既に出る準備はできていた。
最終確認をし、どうすると顔を見合わせ笑う。
相手がこちらに気付き動き出す前に、事を済ませるか。
もしくは、業と気付かせ、慌てているところを嬲り殺しにするか。
面倒なことはごめんだと言ってたアスマには悪いが、久々の任務なのだ。
それも、二人同時にまわってきた…。
楽しみ、相手が悲鳴を上げ逃げるのを見る時間をとるくらい許せと思う。
少々の抵抗はしてもらわないと、普段任務にでることの
できなくなった自分は、決して満足できないだろう。
久々の任務。それも、里の内部で、火影公認でヒトゴロシができる…。
うず、と背筋に走る震えに、そろそろヤバイなとイルカは目を細めた。
任務内容の最終確認を終え、出ようとした、その時。
不意に何かが、イルカの家の上空を横切った。
それは、中忍以上の忍なら、誰でも持つことのできる連絡用の物で。
イルカはそれが目の前を飛び去っていこうとするのに眉を潜めた。
その式に纏わり付く僅かなチャクラに、違和感を感じた。
カカシが動こうとする。しかし、それを手で制し、ぴぃと小さく口笛を吹く。
と、その式は方向を転換し、イルカの下へと舞い戻ってきた。
本来ならこの式の向かう方向は、火影の屋敷と決まっているはずで。
それを途中で止めることは本来不可能で。
もし出来る者がいたとしても、それをすることは掟に違反する。
その内容は不明だが、この火影へと直接通達するためだけの役目を負う式は、
何か普段と違うことが起こった場合のみ、使われるものだ。
舞い降りた式を指先に止めると、式は鳥から姿を変え、一枚の紙になる。
その内容を目にし、イルカは珍しくも目を見開いた。
「…どうしたの」
「春野上忍のだ。…サクラが家に帰っていないと」
「!」
その言葉に、イルカの言おうとすることを察し、カカシも目を見開く。
15歳以下の下忍を子供に持つ忍には、
子供の家への帰宅時刻を報告する義務がある。
それは毎度ではなく、丑三つ時までに家へと
帰らなかった場合のみだが、里の中で定められた掟だった。
下忍でいる間はスリーマンセルの班に組み分けられている子供は、
亥の刻までの帰宅を、義務付けられている。
それは、上忍が付き添った任務により遅れる場合以外、例外は認められない。
任務が終了し、上忍が任務報告書を提出した後、亥の刻までに帰らない場合、
次の日親が事務へと出向き、それを下忍班担当の上忍師へと報告する必要がある。
その場合は、上忍師より下忍への注意で済むが、亥の刻を過ぎ、
そして丑の刻を過ぎて尚まだ下忍が帰宅しない場合、それは何かに巻き込まれた、と判断され、
火影へと式を使い報告されるのだ。
たかが下忍一人。
しかし、それは何れ里の戦力になる者の一人であるため、その下忍の親である忍と、上忍師、
そして数名の忍により、捜索されることになる。
しかし、保護者がいない子供の場合、報告する者がいない為、
どうしても亥の刻を過ぎていても発見されない場合が多い。
それは、九尾の事件以来親がいないイルカには、十分わかりきっていたことだった。
13年前以来、親がいない子供は増えていた。
そのため、里の内部の間諜により、攫われた子供が続出したのだ。
抜け出しても、気付かれない。
たとえ丑三つ時を過ぎたとしても、そのことを報告する者がいない。
その状況は今では改善され、親がいない子供の家には、
事務の人間が式を送り、登録されたチャクラの持ち主が
定時までに帰宅しない場合、報告するようになっていたはずだが…。
思い当たる節が幾らでもあることに、イルカは舌打ちする。
九尾が腹に封印された子供。
血継限界である一族を皆殺しにし里を裏切った男の弟。
事務の人間の不手際か。悪意を持ってされたことか。
どう考えても、後者に決まっていた。
この二人は、里の人間から無意味な悪意を持たれ過ぎている。
その原因は、この二人にとって全くの無関係であるというのに。
どんな小さなことの積み重ねであれ、積もり積もった物はいつか障害になるのだ。
今回、サスケやナルトのことが、火影へと報告されていないように。
本来丑の刻を時が刻むと同時に、式による火影への報告は行われる。
サクラの家の通達が遅いのは、僅かな時間、報告することを迷ったためだろう。
報告の若干の遅れは許されるため、数分考えていたため遅れた。ただそれだけのこと。
しかし、式に誤差は一切ない。
だから、本来ならナルトとサスケの家に送られているはずの式は、
既に火影への通達を終えているはずであり、そして、火影への報告が終えたら、
上忍師であるカカシの下へとやってくるはずなのだ。
それが既に数分は過ぎているというのに来ないということは、
まずサスケやナルトの家に、式が存在しないためだろう。
イルカもカカシも、最初から二人が無事家にいるという可能性を、考えなかった。
普段からサクラが独りで行動することは少ないし、大抵スリーマンセルと共にいる。
そして、サクラがいるのにあのナルトやサスケが、
こんな時刻まで出歩き帰らないということは、まずありえない。
必ず三人が一緒にいるという確信があったため、即座に出された答えだった。
「一足遅かった?」
「そうだな。…まぁ、危害は加えられないだろう」
ぐしゃ、と紙が握りつぶされる。
しかし、その表情には一切感情は無く、ただ、僅かに不快そうに眉が潜められただけだった。
「折角の任務なのにな。…邪魔が入りそうだ」
「ってか、ナルトやサスケだったら、俺ら切り捨てたら怒られるんだけど」
カカシもイルカと同じ様な表情をしている。
しかし、すぐに気分を切り替えたのか、普段と同じ、飄々とした笑みに戻った。
「まぁ、相手に会ってから考えよ。…どぉせ子供3人。
抱えて無事この里から出れるなんて、考えてないだろうし」
「そうだな」
この時期にうちはサスケ、うずまきナルトに手を出したということは、
既に木の葉での立場が危くなったことに気がついたのだろう。
とすると、仮にも忍の端くれである下忍を3人も抱え、追い忍と戦いながら、
無事木の葉から脱出できるとは、思ってはいまい。
それならば、まず追い忍を始末しにくるために、子供たちは隠しておくだろうと判断したのだ。
間者の内、手配書に載っていた男は、『気配消し』という特殊な術の使い手。
独自の技を次々と編み出す雨隠れの忍ならではの応用術。
子供たちを保護する前に、敵と対峙する可能性が高いと判断し、イルカの表情にも笑みが戻る。
「なら、殺した後で、子供らを捜せばいい」
「同感」
敵を殺せば、掛けられた術は消える。
全ての任務の痕跡を消してから、子供たちを迎えに行けばいい。
それまでは…遊んでいていいのだ。木の葉の裏切り者と。
にぃと浮かんだ笑みは、どちらのものだったのか。
小さく呟かれた言葉は、風にのる前に闇へと溶けた。
「楽しくなりそうだ」
逃げる相手を追いかける、というのは、面倒でありながらも楽しいと思う。
しかも、相手が恐怖を浮かべるわけではなく、
毅然とした表情を保っていた場合、更に楽しみが増えると。
カカシとイルカは、決して自分たちの力を過信しない。
過大評価も過小評価もしないため、自分たちの力量を正確に理解している。
そのため、敵が同等の力の持ち主なら力を惜しまず向かうし、
要らぬ見栄を張ったりなどすることは一切ない。
しかし、敵の力が、明らかに自分たちより劣ると判断した場合、
それは二人にとって、任務は遊戯に変わり、逸遊して何ら構わない場へとなるのだ。
すっと手を引くと、血が吹き出る。
ぐっと唸る相手に、面の下で嗤い掛けた。
「木の葉を裏切って、生き延びる気?」
睨みつけられる瞳に、一切諦めを含んでいないことを悟る。
それが一層、面白さを増幅させた。
馬鹿な奴ら。
自分たちと出会った時点で、死ぬことは確定されたのに。
たまに任務に出ていた自分と違い、イルカは飢えている。
そして、自分も今回のスリーマンセル担当になって以来、任務にでるのは初めてだ。
血に飢えた獣を二匹。宥めることができるかなと。カカシは嗤う。
血に狂っている自分たちを、殺し合いという戦場に引き摺り出したのだ。
精一杯、手の上で踊ってくれと。
4へ