「もう終わり?」

追い詰めた先、固まり武器を構える相手に問う。

その足下には、一つ、動かない屍。


先ほどからカカシが追い詰めていた、木の葉の裏切り者。

それを踏み付け、カカシは笑った。

「なんて悲鳴上げてんの。忍でしょ〜?」

もう動かない死体に問い掛ける。

辛うじて原型を留めているそれは、嬲り殺しにされたと言っても

過言ではないほど、酷い状況だった。

その死体がまだ動いていた時、断末魔の悲鳴が上がるまで気配に気付きもしなかった、

その残りの間抜けな間者らに、カカシは嘲笑を浮かべる。

「この程度の実力で、木の葉抜けようとしたのも驚きだけど…ここまで来るまで気付かなかった、


あんたたちもよっぽどの馬鹿だね」

その時。何処からともなく、イルカが姿を現した。

そして、カカシの隣にふわりと降り立つ。

「これで全員か」

「一人は里の外へ向かった。…ま、即殺されてるでしょ」

何ともなく言われた言葉に、直に返事を返す。

足下の死体。そして目の前に二人。…それ以外にもう一人、まだいたはず。

そう問うイルカに、カカシは自分が見たことを伝える。

この死体と途中で分かれたもう一人は、里の外へと向かったはずだ。

そして、その外へと繋がる門では、アスマが待機している。

あの、面倒が大嫌いな男のことだ。敵を見止めた瞬間即殺するに決まっている。

そう意味を込め返事を返すカカシが、イルカへとふと振り向いた。

丁度、イルカもちらりと、カカシの方向を向いた。…その時。

カカシの面に血が散っているのを見止め、ざわりとその場の空気が変わった。


「なっ…」

びりびりと空気が張る。

圧迫感に驚愕の表情を浮かべ、後ろに下がった目の前の間者へと、イルカの視線が移った。

それは、面をしていてすら感じるほど、殺気立ったもので。

「あ〜あ、鬼を起こしちゃった」

カカシが呟く。

イルカの殺気に煽られる様に、気配が鋭くなり、

残忍なものが一切隠されず、剥き出しにされていく。


それが、その場にいる者には、肌で感じられた。

ふ、とその中で、カカシが自分の面へと手を掛けた。

すっと外されたその面の下から、赤く渦巻く瞳が現れる。

それに、目の前の間諜の一人が、ひっと息を呑み悲鳴を上げた。

「写輪眼のカカシっ!!」

くすくすと両目を晒し、普段の口布も外したカカシが笑う。

「何驚いてんの? 俺の名ってそんなに有名?」

「少なくとも、敵意を喪失させるだけの効果はあるな」

「そうかな〜?」

ねぇ、イルカ? と振り返る。

そこには、斜め後ろで面を外す、イルカの姿があった。

まさか、と先ほど悲鳴を上げた間諜が呟く。

手配書に載っている写輪眼のカカシの情報には、大きく分けて二つあった。

一つは、その能力として最も知られている写輪眼。

それにより千以上の術をコピーした、コピー忍者として。

そしてもう一つは…彼が持つ相棒。

普段からツーマンセルを組んでいるという『イルカ』という人物は、謎に包まれている。

しかし、写輪眼のカカシに劣らぬ能力を持ちうる忍であるとだけ、記されていた。

それがこの目の前の、黒髪の男であったのなら…。

木の葉で最強を誇ると言われる写輪眼のカカシと、その相棒。

その二人を前にして、適うはずがない。

そう、顔を引き攣らせ、男は逃げようとした。しかし

瞬間、男たちのいた後方の空間が歪み、一種の楯状の結界が出現する。

面を地面へと落とし、その『壁』を出す印を切ったイルカは…乾いた唇を一度舐め上げ、

そして妖艶な笑みを浮かべた。

瞳を獣のように細め…その残忍な色を、露わにして。



「さぁ、…楽しませてくれよ」




そこから先は。

二人にとっては遊戯であり、間者らにとっては地獄であっただろう。

それなりに実力はあった。しかしそれは、この二人を前に、

太刀打ちできるほどのものではなかった。

僅かな抵抗も封じられ、無様にも逃げることしかできなくなる。

引き裂かれ、声も出せないほどの激痛に、己の身体の臓器が晒されて行くのを目の端に写す。

発狂した方がましな状況で、しかしそれは許されなかった。

何らかの術により、神経を焼き切るための呪の発動が、妨害されていた。そして…。

何より、彼らは自分自身の感覚を、信じれぬ状況に置かれていた。

美しいと思ってしまったのだ。

自分たちを引き裂く、この二人の暗部が。


していることは、敵の惨殺。それ以外の何物でもない。

しかし、何よりも、その瞳に宿す狂気紛いの残忍な気質が完全に露わになっているその姿は、

残酷で凶暴なチャクラを纏っていることにより、

更に一層この二人の忍の雰囲気を、妖艶に映し出していた。

銀色の髪が、宙を流れる。一方で、闇の中舞う肢体に、長く下ろされた黒髪が弧を描く。


血を撒き散らし、息絶える瞬間までそれは続いた。

楽な死を許されなかった間諜とされる者たちは。

激痛を感じながらも、しかしその姿に見惚れていたのだ。




息絶え、物言えぬ屍体と成り果てた骸が転がる。

その前に、静かに降り立ったイルカは、背後から近付いてきたカカシへと、

肩越しに振り返り笑みを浮かべた。

「満足?」

「満足」

薄く笑みを浮かべるカカシの頬に、血が飛び散っているのを見止め、笑う。

血に濡れることを好むため、業とこれだけ血だらけになった自分たちの姿が可笑しくて。

「頬、血ぃ付いてるけど?」

「そう? …あぁ、そう言えば切れたんだっけ」

「切れた?」

「そ。どうせ流すなら、自分の血もって思って」

攻撃されても、避けなかった。

「へぇ…」

相変わらずだなといいながら、自分も人のことが言えないと思う。

頬を血に染めた男と同じで、自分も腕に掠り傷を負っていた。

それを見せ、苦笑する。

「お互い様だな」

「だね」

イルカは目の前のカカシに顔を寄せ、頬を流れる血に唇を寄せる。

そして舌でその血を舐め上げると、嬉しそうに目を細めた。

「甘い」

「俺の血だから、当然でしょ?」

イルカの血も甘いけどねと言い、腕を舐め上げる。

既に固まり始めていた傷口への感触に、ぞくりと背が波立ったが、

それを表情に出すことはせず、ただ微笑んだ。

「久々の任務だったからな。…少しやりすぎた」

「いいんじゃない? 普段マトモに中忍なんかしてるイルカが凄いんだから」

これだけ暴れて、血の海作って。

それでイルカの責任だけにしたら、俺の存在ナニってことになるでしょ。

そう呟くカカシに、それもそうだと笑みを返す。

普段からの鬱憤も全て晴らせたことで、普段より笑みが和らいでいた。

「いいね、お前のその表情。俺好きだよ」

「そうか?」

カカシの言葉を受け、首を傾げる。

そして視線を移し、転がった骸を見る。

「そろそろ片付けるか、あれ」

「もう少しこのままでいいんじゃない? …落ち着くし」

指先についたイルカの血を舐め上げながら、カカシが呟く。

その言葉に、まあそれはそうだが、と苦笑が返された。

「それだけ血だらけなんだ。屍体が消えたところで、変わらないだろ?」

血を含んだ外套からは、色こそ変わらないが、錆びた金属の臭いが漂う。

「それに、アスマが来るまでに片付けておかないと。また文句を言われるぞ」

「あ、それはイヤだ。火影サマは煩いからね〜」

ったく。誰も巻き込んでないのに、と呟く。

そして頬をぐいと拭い、カカシは足を踏み出した。

「ちゃっちゃとやって帰ろ。んでもって一緒に寝よ」

「あぁ。…っと待った。まだ血取れてないぞ」

印を結ぼうとするカカシの頬に手を当て、拭ったことで擦れた血を指先で取る。

「あぁ、そう言えば…あいつら迎えに行かなきゃな」

「…そうだったね。ったく、こいつの術、死後も効くの? 気配全然感じな…」

カカシの頬に手を当てたままの状態で、イルカの身体が強張る。

それと同時に、カカシの言葉が途切れた。


後方からした、小さく息を呑む声と…声にならない悲鳴。そして、感じた僅かな気配に。


イルカの顔がゆっくりと上げられ、カカシの肩越しに、視線を後ろへと向ける。

それは、カカシが、首だけ振り向き、後ろを向いたのと同時だった。



手配書に載っていた雨隠れの里の忍の術は、気配消しと呼ばれるもの。

己のではなく、自分より弱者に対し掛けることのできる術。

それは、今回の場合の様に、動かないものに対し隠れ蓑の役割をさせる。

その術の効力が切れるのは、術者が死亡した際で、

その時消されていた気配は、再び現れる。

それだけなら、普通の気配消しだった。

しかし、雨隠れの里での気配消しの術には、術者による複雑な仕掛けが仕組まれていて。

たとえ術者が死んでも、一定時間はその術の効力が薄れることはないのだ。

そして、その時間を過ぎると、少しずつ効果がなくなり、気配が現れる。


そのため、気付けなかったのだ。

真後ろで、自分たちの『任務』を見ていた、子供たち三人に。


















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