初めて見かけたのは・・何時の事だろうか…?
そう、確かそこは…鼻を突く、咽返る匂いが立ち込めていて
何かの焼け焦げる匂いが辺りを覆い尽くす中だったような・・
時々・・そういうヤツはいた。
敵を殺し過ぎて、返り血を浴び過ぎて・・一種のハイな状態に陥り
己を見失うヤツ…。
戦いってモンには必ずそういうヤツが中に何人か出てくる。
初陣だった間抜けな嫡子とか・・舞い上がり過ぎたやつ・・。
忍の中にだって、そういうヤツは存在する。
・・・けどよ・・アイツらは、ンなもんじゃないんだよ。
もっと異質だったんだ。
見ているこっちが魅入られるほどに・・
美しく・・残忍に・・
何よりも楽しそうに・・・全てを奪い去っていた。
血に濡れたその姿はどこまでいってもキレイで・・
あぁ・・血に好かれてるヤツがこんなトコにもいやがった・・。
なんて思ったけな・・。
だから・・アイツらを暗部に推したことも間違ってはいなかったと
今でも思ってるのは確かで…
アイツらが楽しそうに任務に出る姿は嫌いではなかったし、
(里内で・・他の奴らがどう思っているかなんて知らんがな・・)
面倒臭ぇ〜・・とか思いつつもアイツらを見守ってた。
だからこそ、分かっちまうんだよ。
どんなに取り繕うとも・・今までに無いくらいにアイツらが動揺して
恐れていることが何かって・・。
『現』と『朧』の狭間
アイツらの気配がその場にはまるで存在しなかったかのように立ち消えたことを
見計らって、ゆっくりと振り返った。
未だ・・青褪めたその表情を貼り付けたままに3人の子供たちは
立ち尽くしていた。
−やれやれ・・たくよぉ。
内心で悪態つくと、アスマはその口に咥えている煙草を深く吸い込んだ。
ゆっくりと・・火は燃えて、チリチリと音を立てて灰の範囲を広げた。
吐き出された紫煙は暗闇の中に溶けて行く。
ある意味、あの雨隠れの間者に感謝だな・・おチビさんたち。
もしも・・あの場においてこの子供たちの気配が普段の高さを保っていて
飛び出していたとしたら、今頃どうなっていたことか。
考えただけで・・面倒臭ぇに決まってる。
そして、足元に転がるもうモノでしかないそれに再び目を落とした。
何時までもこれを曝しているわけにもいかない。
アスマは素早く印を切った。
すると、強い一陣の風が4人の間を吹きぬけていく。
「・・・!?」
今までそこに転がっていたはずの物体は消えて、後にはサラサラ・・と
砂が風に浚われていく。
「さてと・・こんな遅くまで出歩きやがって。おら、帰るぞ・・。」
まるで何も無かったかのようにアスマは目の前の3人を促した。
やっと、身体の自由を取り戻したかのように3人も黙ってアスマの下に歩み寄ってきた。
帰り道・・のろのろとアスマの後を子供たちは付いてきていた。
−チッ・・。こういうことだったのかよ。
アスマは先の任務でのことを思い出していた。
それは、カカシとイルカのもとを命からがら逃げ出してきた
一人の間者と対面した時のことだった。
アスマの姿を認めて、相手は威竦んだ。
そして、妙なことを口走る。
「たとえ、ここでオレが果てようとも・・もうオレの相棒は飛び立った後さ。
それに可哀想になぁ・・。あのガキどもがアレを見たらどう思うだろうな・・。
オレだって馬鹿じゃない!ただ、のうのうと半年間も木ノ葉の里に潜んでいたわけじゃない。
知っているんだよ・・。あの暗部たちの正体もお前の正体も・・ねぇ、アスマ先生。」
にぃ・・と笑う間者の姿に溜め息をついた。
成る程な。半年ぐらい前にアカデミーの事務に入ったあの地味な男か。
自分が他人のことを覚えていた・・なんて変な気がしていたが、やっぱりな。
がしがし・・とアスマは頭を掻いた。
「はは・・まさか、あの穏やかなイルカ先生が手配書に
掲載されている写輪眼のカカシのパートナーとはね。
全てが闇に包まれている存在なはずだ。
あんなにまで違うとはね、分からないはずだよ・・。いやぁ〜・・凄いですいねぇ・・。」
吐き気を覚える、その醜い歪んだ笑みを浮かべると・・
まるで勝ち誇ったかの様に言い切る男。
ハッキリ言って・・・ウザい。
「で・・それがどうした?」
そう呟くと・・シュン・・と何かの音がする。
「どうだってイイだろぅが・・。
どうせお前は死ぬンだから・・まぁ、冥土の自慢話しにはなるかもな。」
その言葉を、この間者の男が最後まで聞き取れたかは定かではない。
ただ、ゆっくりとゴト・・という音と共にそこに二つの物体が転がった。
「何なんだってばよ・・さっきの・・。」
−お・・?
このまま黙って帰るのかと思っていたが、やはり甘かったらしい。
さすがに一癖も二癖もあるガキどもだけはあるか。
「あれか?あれは・・風の力を利用してその物体の水分を全て奪い去って、
最後には風化させる術だ。」
「違っ!!」
分かっていながらも、あえてアスマは答える的を外した。
すると・・思っていた通りに喰ってかかる。
そして、その反応を見て−ククク・・と喉元で笑った。
「どういう事なんだ・・アレは・・・。」
「見たままだ。」
見上げるサスケの眼差しはかなりキツく、鋭さを増していた。
それは一体どう言う意味なのだろうか?
信頼を寄せていた者たちに欺かれていた事に…それとも、ソレに気付けなかった自分に。
もしくは・・過去のある部分とあの光景は重なってしまったのだろうか・・。
かすかに覚えのあるチャクラの気配を感じた時・・まさかと思い、
その考えを頭の中から必死に打ち消そうとした。
隣にいたサクラがオレの腕に触れて・・ナルトが小さく−クッと呻く声を聞いても
ただ、じっと声を噛み潰して拳を握り込んでいた。
力を込めすぎたその指先は血の気を失い白くなり、その平には深々と爪が跡を残す。
だけど、それが間違えでなかったことが突きつけられた。
ゆっくり…と取り外された白き獣の仮面。
そして、曝された素顔は・・・
誰かがゴクリ・・と唾を飲み下す。
体中の血が流れを止めてしまったこのように身体が動かず・・
自分の心臓が空回りを始める。
異様に高まる鼓動と緊張感・・持っていかれる。
そう本能が警告する。
目の前で披露された舞がゆっくりと終焉を迎えた。
そっと重なる二つの影・・。
戯れるように・・じゃれつくように・・。
なんて楽しそうな顔をしてるんだよ・・。
なんて・・・。
「お前たちが見たまんまだ。あれがアイツら自身の本来の姿だ・・。」
特に弁護をする訳でもなく、アスマは淡々と話し出した。
どちらかと言えば普段、お前たちが見ているイルカたちのほうが
全てを偽っているのだと・・。
あの柔らかな笑み。
そしてとぼけたその笑みは・・
―全てが偽りだったと・・・。
かなり直接的な言葉、あいまいなボヤかした言葉で
言うことはいくらでもできた。
いや・・子供たちのことを考えれば、きっとそのほうが正しいのかもしれない。
が・・オレもそこまでもお人よしじゃないし、面倒見切れるかってんだ。
まぁ、この程度のことで壊れる精神の奴らでは、とてもじゃねぇ〜が・・
忍の道を歩んでいくことは難しい。
「で、でも・・」
何かを言いかけたサクラに目をくれると、再び先の方を見つめた。
「・・良いから黙って付いて来い・・。」
「え・・。」
「髪・・濡れてる。」
「う・・ん・・。」
ぼんやりと呟かれる言葉・・。
言葉数少なく、寄り添う二人。
互いの肩に身を預け、もたれ掛かる。
「イルカ・・。」
「・・ん・・」
ゆっくりとカカシはイルカの髪を絡み取る。
何度も、何度もそっと掬い取っては落とされる髪は、
ぱらぱら・・と水気を含み重たげな音をさせて肩に落ちる。
されるがままにそれを見つめる。
「風邪・・ひくよ。」
「・・う・・ん・・」
意味を持たない上辺だけの会話は・・途切れ、途切れと紡がれる。
誰になんと思われようと・・そんなのどうだって良かった。
互いに相手さえ傍らにいれば良かった。
その思いは今もなんら変わってはいない・・・。
だけど・・いつからだろうか?あの子どもたちの瞳にはその姿を映してはいけないと思っていた。
まだ・・その時ではないと。
そう、自分たちの生き方は間違っているとも、合っているとも思ってはいないけれど・・・
できうるならば、この子どもたち同じ道を歩んでは欲しくないと思う。
いや、と言うよりも・・
たとえ、同じ道を歩むことになろうとしても、それが子どもたち自身が選んだ道ならば・・
自分たちは干渉はしないのどろう・・・。
それが・・何の影響も受けずに自分で己の道を選び進めるようになっていればだ。
だが・・彼らの時はまだ満ちてはいなかった。
だから・・まだその姿を子どもたちには見せるべきではないと思った。
忍として・・最も重要で暗く深いその部分・・。
以前の自分らならば、そんなことも思わなかったし・・こんな『動揺』をすることすら有り得なかった。
だって・・それが二人にとっては『普通』だったから・・。
自分ら以外の存在には、はっきり言って興味がない。
ただそこにあるだけで、それは森の木々や道端に転がる石となんら変わらない存在。
気にかけるものでもないし、気が付かないものでもない。
ただ・・そこにあるのだ。自分たちとは関係なく。
邪魔なら退けるし、邪魔でなければわざわざ・・干渉をしない。
それなのに・・あの子どもたちはとても小さい亀裂ではあるけれど・・その世界観に干渉を入れた。
その小さな亀裂によって少しずつ変わり始めた。
いや・・変わったというよりも形を柔軟に変化させたのだ。
「まぁ・・こんな暮らしもあるんじゃないだろうか・・。」と思っていた矢先の出来事。
「・・・今度はどこに行く・・」
ぽつり・・と呟かれた言葉。
「どこでもいい・・。カカシがいれば・・。」
ゆっくりと伸ばされた手がイルカの頬に触れる。
どこだって構わない・・。
カカシさえ自分の傍らに居てくれれば・・。
そう、それは元に戻るだけのこと。
満更でもなかった子守がなくなるだけ・・・。
自分らをこの里に繋ぎ留めておく鎖はもう存在しない。
― 子どもたち・・という名の鎖 ―
もう全ては意味をなさないもの・・
全ては木々や石ころと同じものに戻るのだ。
ただそれだけのこと・・・。
「なぁ・・どこ行くってばよぉ!」
「黙って付いて来いって言っただろ・・。」
あぁ・・面倒臭ぇ〜・・と心底思う。
多分・・今夜であればあの二人の本性を垣間みれるだろう・・。
今夜を逃せばきっと二度と見ることは出来ないだろう。
きっとアイツらが知ったら余計なお世話だ。と言い切られるだろうけどな・・。
だけど・・悪いけどな、オレも暇すぎる里はある意味・・・面倒臭ぇんだよ。
「あぁ・・煩いなぁ。一ついい話をしてやるよ・・。」
「?」
3人の子どもたちはほぼ同時に顔を上げてこちらを見てきた。
「・・・アイツらはなぁ。表裏一体なんだよ・・かけ離れているような感じだが、よく似てやがるんだよ。」
きっと、あの姿を見た今の子どもたちであれば・・自分の言っていることぐらい
理解できるだろうと思い語るのだ。
「・・元々、根無し草のアイツらがこの里にこんなにも長く居ついたことは珍しいンだよ。
理解しろ・・なんてことは言わねぇ。
だけどな・・・そういう存在なんだと認めてやるこったな。」
存在を認めてやれ・・。
その言葉がこの子どもたちの中に、どう響き・・どう染み込んでいくかを知っていた。
認める―その言葉も価値を何よりも深く理解して・・・そして
一番切望しているのは、他でもなくこの子どもたちのはずだから・・・。
フン‥気付けよ。
お前らの拒絶の色だけが・・・
唯一・・アイツらを揺らがせることを。
そして3人の子どもを連れて、とある家に近づく。
「おっと、いけねぇ・・。お前らこれ口に含め。」
そう言ってアスマは水晶の欠片を3人に手渡す。
「これって・・?」
「あん?・・まぁ、平たく言えば気配を消す道具だな。」
「こんなの知らないです・・。」
サクラの呟きに・・アスマはニヤ・・と笑って、その頭に触れた。
そして、知らなくっても当然だと。
暗部仕様のモンだからな・・と付け足した。
ここまでしてもアスマには不安があった。
例え暗部仕様のモノを使ったとしてもあの二人に気付かれずに近づけるのだろうか
と、言う一抹の不安が・・・。
そして・・・もう一つ。
カカシは気が付いていただろうか?
イルカの左甲についた傷に・・・。
あの手甲すらも突き破り・・深々とつけられた傷。
どうやら、イルカが咄嗟にチャクラを使いカカシからは隠していたけれど。
それは反って、己の対象外のオレからはよく見えた。
まるで・・存在を無視されているのも、関心がないのも知っているけれど・・。
いくらなんでも、人の話ぐらいは聞いてもらいたいもんだ・・・。
あの傷から立ち昇る・・微量の不穏なチャクラ。
まぁ・・・忠告したところで、その時点ですら自分の言葉は意味をなさないことを
充分に承知済み。
それならば・・そっとカカシの方に忠告したっていい。
あのまま隠し切れるワケもないだろうから・・・。
「さぁて・・。イイかお前たち。
オレが出て来いっていうまでは・・ちゃんと自分自身でも気配を消して
あの草陰に隠れて・・中の様子に耳を傾けて置けよ。いいな・・。」
コクリ・・と肯く3人のぐしゃ・・と頭を撫でて
アスマは家の中へ消えていった。
3人は言われた通り・・一番大きな窓のすぐ横の草陰に
身を潜めた・・・。