「いいと…思っていたんだ」

ぽつり、と呟く。

「こんな状況も…一生のうち一度くらいは、いいかもしれないと」

里に止まって。偽りだらけだが、僅かに真実も入り混ぜた、その反吐が出そうなほど平和な場所。

裏返せば死を求め、血に飢えた獣が巣食っている人間でも。

たとえ偽りでも、たまにはこんな状況もいいかと思っていたのだ。

でも、しかし。だからこそ…。

 

どうして里になんて止まったのだろう。

何故、こんな面倒なことを引き受けたのだろう。

あの時、この選択さえ選ばなければ。

 

こんな嫌な衝撃を受ける必要なんて、全くなかったはずなのに。

 

 

 

 

『現』と『朧』の狭間

 

 

 

 

「よう」

「アスマ…」

表れた男の姿に、カカシが無感情に瞳を向ける。

無遠慮にもノックも無しに家に上がりこんだ相手は、その上一言告げるでもなくタバコを吹かしながら、椅子に腰掛けている二人を見下ろした。

「終わったのか」

「あぁ」

先ほどと同じ、しかし闇に映える白い防具だけ脱いだ、漆黒の服装。

タオルを首に掛けているところから見て、血を洗い流したのだろうか。

近くに放り出されている外套の所為で血の臭いが部屋に充満しており、黒の服に血が染み込んでいるかどうかを判断できるのは、自分の嗅覚のみだったため、判断がつかない。

しかし、手に持つタオルが赤く染まっていないことから、洗い流した後だろうと判断する。

「片付けておいたぜ?」

「あぁ…悪かったな」

短い会話。普段から沢山話す方ではなかったが、これは重症だとアスマは溜息を付いた。

言葉数が普段より更に少ない。その上、声の抑揚もない。

ちらりと外に視線を移す。あの窓の下には、子供たちがいるはず。

…ここからの会話が、聞こえるだろうか。

「あいつらは?」

「知るか。勝手に帰ったんじゃねぇのか」

「そう」

聞かれた返事に適当に返す。

ちゃんと家へと送り届けたと言わないのは、偽ったと後で知れた時、殺されかねないからだ。

嘘ではない言葉を告げ、話を有耶無耶にする。

このくらいなら大丈夫だろうと思いながら、普段以上に感情がないと分かる瞳でこちらを向いている二人を見た。

 

気配は全く無いが、確実にあの窓の外にいる子供たちに、会話を聞かさせなくてはならない。

術が使えれば、壁なんて物ともせず会話など全部聞こえる状況にもできるのだが…。

チャクラを使えば、ほんの僅かであれこの二人は気付くだろう。

ならば、あの窓の傍にこの二人を行かせるか、もしくは…。

めんどくせぇと、本日何度目になるかわからないその言葉を内心呟き、アスマは再び溜息を付く。

外へ出さすしかないだろう。この二人を。

「俺ぁ返る。用事は終わったしな」

「あぁ。…火影様への報告はお前がしておけ」

一秒も早く外に出るための言葉を掛ける。しかし戻ってきた言葉に、一瞬目的を忘れ、その場で立ち止まり声を返す。

「俺が? 任務を受けたのはお前らだろ。俺がしてどうするんだ」

「どうせ俺らのお守り預かったんだろ。ならそっちの報告と一緒にしとけっつってんだ」

「…了解」

自分たち以外の人間の苦労など知ったこっちゃぁ無いとありありと出ている言葉。

怒りすら含めれないほど呆れながら、承諾の言葉を返す。

―…はぁ。

溜息を付くと幸福が逃げると言う。

もしそうならば、今日だけで、数少ない幸福が何十と逃げたことになる。

そんな迷信信じる気にもならないが、あまり気分のいいものではない。このまま放り出してしまおうかと僅かに思った。

こんな面倒なことになるのなら、こいつらのお守りなんて引き受けるんじゃなかった。

暗部時代よりの腐れ縁で、相当酷い目にばかり遭っているが、それでも引き受ける自分の図太さを誉めたくなる。

この先もこんなに面倒なことが続くと考えただけで、もうこいつらとの縁を今この場で切ってやろうかとうんざりした。

…それでも実際問題縁を切っていないから、お人好しだとこの二人に呼ばれていることを、この男は気付いているのか。

「せめて見送りぐらいしろよ。この疫病神ども」

「はぁん? 見送りぃ〜? やなこった。…それに疫病神はないんじゃない?」

「疫病神だ。俺にとってはお前らの存在は、それ以外の何者でもない」

「酷い言われ様だな」

疫病神。厄災を振り撒く死神。

自分にとって、この二人の忍はそれ以外の何者でもない。

退屈な時間に楽しみを舞い込ませてもくれるが、それ以上に厄介ごとに巻き込む回数の方が断然多い。

その上、それを指摘されても苦笑で済ます目の前の二人に、この時ばかりは少々殺意を持った。

この性格を気に入り、暗部と誘ったのは自分だが。それは見ていて面白いと言う意味だ。

巻き込まれた自分としては堪らない。装備しているクナイへと無意識に手を伸ばそうと、指先が一瞬動いたのも仕方ないだろう。

しかし、苦笑しながらも立ち上がった二人に、この場で斬り掛かるのだけは止めようと、思い直した。

苦笑しながら。嫌だと言いながらも、二人は踵を返したアスマの後ろを付いて行く。

どういう風の吹き回しか。それとも子供たちが絡んだことで、僅かにだが思考が鈍っているのか。

一応見送りとやらをしてくれるらしい気になっているこの二人の様子に、アスマは自分の思惑通り行ったことに安堵する。

一時的にでも、外に出すことができれば…まぁどうにかなるだろう。

その後どうなろうが、もうこれ以上関わる気力は残っていなかった。

いつか自分は疲労で倒れる。

柄にもなくそう思い、今度は言葉に出して呟いた。

「めんどくせぇ…」


















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