イルカが子供たちを受け持っている間。

里に所属する限り、上忍として任務にでる必要があった自分は、イルカと離れる時間が多くて。

アカデミー教員としての指導を任務として請け負ったイルカと合う時間は、以前より激減した。

任務中二手に分かれる。その程度しか以前は離れている時間はなかったのだ。

それなのに。今は一日や二日ではなく、一、二週間は掛かる任務が、入ることも稀ではない。

行き場の無い怒りは、敵方の忍へと向けられ。そして、里にいる小さな子供二人へと向けられた。

うずまきナルトと、うちはサスケ。

それは、九尾のガキだとか、うちはの生き残りだとかいう理由ではなく、もっと単純で、深い…。

イルカと一緒にいれなくなった原因だから、という理由で持った、殺意だった。

 

追跡、という術の応用を使い、お互いが何処にいるかをわかる状況にいつもしていた。

それは、以前は任務の最中離れる時以外必要なかったもので。

しかし、今ではそれを使わないと、場所の確認ができない時の方が多い。

里の内部にいる時ならまだいい。感じられるチャクラで、大体どの辺りにいるかはわかる。

それこそ、他の里にいる時であれ、どちらの方角にいるかぐらいの検討は付くぐらい、お互いに近い存在。

しかし、それでも正確な場所を把握するためには、術に頼るしかなかった。

決して忍という以上に特殊な力があるわけではない。

目を瞑って相手の元まで歩けるというレベルならともかく、一里も二里も離れた場所から正確な位置を割り出すことは不可能なのだ。

 

そして、追跡の応用術を使って調べ、割り出される場所は、昼間の場合大抵アカデミーだった。

任務から帰還後、術の示す先へ向かう。独りで任務にでなければならなかった鬱憤を、少しでも晴らせるように。一刻でも早く逢いたいと。

しかし。そこで目にするのは、教師の面を被り、子供らに忍術の基本を教えている、イルカの姿。

その姿に、余計に苛立った。

 

一緒にいれないことが許せなくて。

自分以外に、たとえ偽りであれ笑みが向いていることすら許せない。

自分は戻ってきたのに、その『授業』が終わるまでは、傍に行くことすら叶わないのだ。

自分たちの間を邪魔する存在、距離があることに、この上なく腹を立てる。

しかし、それはイルカも同じだった。

 

この怒りや不満が自分一人の感情だったら許せなかっただろう。

しかし、感じているのはイルカも同じだったため、我慢もできた。

自分が戻ってきたことに気付き、授業の合間に演習場の端や裏庭などで再会するイルカは、自分と同じ様な表情をしていた。

一緒に入れる喜びと共に、只管不満で苛立ちを隠しきれないと言った表情を浮かべていたから。

任務のことを話すと、イルカもカカシと離れていた間のことを話す。

しかしそれは、大抵が鬱憤を晴らす為の愚痴になってしまうほど、イルカは毎回不機嫌だった。

何時かこの手で殺しそうだと呟く様子に、俺もだと笑った記憶は未だ鮮明に覚えている。

イルカが帰宅できる時間になるまで、外から授業風景を眺めていることしかできないのが更に腹立たしくて仕方ない。

自分が受け持つ予定の子供ら二人を、必ず抹殺しようということだけを繰り返し考えながら、時間が過ぎるのを待っていた。

 

受け持った時、これ以上ない程溜め込んだ怒りが晴らせると思ったのは事実。

スリーマンセルとして下忍になるのを蹴落とせば、アカデミーに逆戻りした子供たちをまたイルカが受け持つことになる可能性が高いことを考慮し、カカシはその場は合格させた。

もう少し経てば、任務中の不手際に見せかけて、消してやると思って。

なのに。

 

カカシがスリーマンセルを受け持ってから、二人の間で子供たちの存在が変わったのだ。

以前は、鬱陶しくて仕方がないものだった。

このガキどもがいるから、自分たちが会う時間が激減したのだと。しかし。

子供らが自分の部下になり、イルカへとその報告に行った時。

嬉しそうに報告したガキらを尻目に、イルカへと『初めて合格を知らせるかのように』挨拶した時、ふと今までの不快感が消えたことに気付いた。

そして、今までの暗殺任務などと同じ様に。この子供たちの存在が、『自分たちの関係を歓楽するため一つの要素』に変化したことに気付く。

片方が任務にでていたからこそ、時間や内容の共有ができないことへの不快感が募ったのだ。

同じ里の中で、同じ様に教師として働く。…これは、楽しいかもしれない。

『イルカ先生』と『カカシ先生』として、この平和な里の中で遊んでみるのもいいかもしれない。

そう思ったからこそ、殺す予定だった子供たちを自分の部下として受け持ち、そしてイルカもアカデミーの教員として中忍のままでい続けたのだ。

そう。それはただ『歓楽するための一要素』であっただけで。子供一人ひとりを個々として見ていたわけではない。

楽しみがなくなったら、即座に切り捨てて何ら問題の無い物だった。それなのに。

 

何故今自分たちは、衝撃を受けているのだろう。

 

「子供嫌いだろ? …だけど、先生するのは楽しかったからなぁ」

カカシが呟く。今気付いたと。

それは、今回このことがなければ気付けなかったこと。

ここまでショックを受けるなんて、自分でも思わなかったから。

「信じられる? …俺が、教師してるなんて」

今まで偽りだらけで上忍師として笑ってきたカカシを見て、イルカは困ったような表情を浮かべた。

「お前は。…子供が大嫌いだったからな。信じられなかった」

「それはお前も一緒だろう。…子供どころか、人間自体嫌いだったくせに」

昔、自分たちの大切な人を失った。

それは、両親であったり、自分の師であったりしたけれど。

だからこそ、子供であった自分たちが許せなかったし、それ以上に脆い人間と言う存在が嫌いになった。

あの時、無意識にだが思ったのかもしれない。人間の存在なんて、信じるものかと。

自分たちだけいればいい。お互い以外いなければいいと。

今でもそれは変わることはなく、お互いのためだけに生きている。

それなのに、子供たちの存在は…少なくとも、影響を与えるものになっているのだ。

『いい教師』を演じながら、思っていたのかもしれない。

子供は嫌い。人間も嫌いだが、この子供たちだけは…と。

 

「あ〜あ。…残念」

もっと、遊んでいたかった。

イルカをぎゅうぎゅう抱きしめながら、カカシが呟く。

その普段と変わらぬ口調で出された言葉は、しかし痛みを伴った。

それに気付き、カカシは目を閉じた。

こんなことで痛みを感じるほど、自分は弱かったのか。

自分の知らぬ痛みを覚えることは、心が弱いということ。

そうとしか、カカシには判断できなかった。

だからこそ、振り切るように眉を寄せ、イルカの髪へと顔を埋める。

その様子に、ぱんぱんとカカシの背を叩き、イルカが吹っ切るように言った。

「お前さえいればいいさ。…音に行けば、こんなこと考えてられないくらい、忙しくなるだろ?」

大蛇丸に扱き使われるだろうから。今までより楽しくなるさ、と。

こんなこと、すぐ忘れる。一時の気の迷いだと思えるようになる。だから…

「だから、忘れろよ」

イルカがカカシの肩に顔を埋めたまま、眉を潜めた。

忘れろ、と再び呟いて。痛みを耐えるように。

 

数秒の沈黙。

自己暗示を掛けようか。そんな考えが、ふっとイルカの頭に過ぎった。

このまま、自分たちが弱く…この傷を何時までも持ち、舐め合うような関係になるくらいだったら。

音の里へ出て、忘れてしまおうかと。

カカシが苦しむ姿はみたくない。

自分の受けた衝撃より、そちらの方が気掛かりだった。だから

ずきり、と痛む手の痛みも、見ないふりをし、カカシの背を撫でる。

あの時一瞬でも迷いをもち、隠してしまった傷。

その時すぐに見せれば何の問題も無かったそれだが、時間が経った今知られたら、カカシは怒るだろう。

そして、傷を負ったこと以上に、隠したことに傷付く。

衝撃を受けている上から、そんなショックを与えたくない。

イルカは更に眉を寄せる。

あの場で言うより、家で話した方がいいと判断して隠した。ただそれだけの理由だった。

何事も無く帰ってこれて話す分には、なんの問題もなかったのに。

カカシだって、もっと敵を弄り殺せばよかったと憤るくらいで、イルカの傷の手当てへと移っただろう。それなのに。

こう厄介な自体になり、カカシも自分も、ショックを受けている。

この状態から、更に話が拗れる様なことを、カカシに知らせたくはなかった。だから

このまま話さない時が長引けば長引くほど、知られた時の反応はよくないとわかっているのに。

それでも言い出せない。言い出したくない。

毒が塗ってあったためか、手に痺れが走ったが、神経を軽くシャットして、気付かない振りをした。

今はこの問題より。自分たちが受けている衝撃を、何とかする方が先だと思って。

 

 

「イルカ…」

「…全部」

真っ直ぐに見下ろしてくるカカシの視線には、戸惑いが浮かんでいて。

自分も、この傷に気を取られていなければ、カカシ以上に衝撃を受けていたと、苦く思う。

「忘れろよ」

途切れた言葉の、続きを告げる。

「処理できないことは、忘れればいい」

言い聞かすように、イルカは呟く。

そして、カカシの背を撫でながら、子供をあやす様に繰り返した。

「忘れろ…」

「わか、った」

カカシが頷く。

イルカの示した方法。それが一番いいのだと、信じ込もうとした。
























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