「なんで、サクラは上忍にならなかった?」
「え…」
「サクラなら、上忍になれる実力は、あっただろう?」
たとえ体術で劣ろうとも。忍術が中忍レベルで止まっていても。
幻術の才能は、あの時点ですら中忍と張るものがあった。
あのまま行けば、幻術の才能だけで、特別上忍になれることは確定していたはず。
「なれなかったんだろう?」
あの時、自分たちを見たから。
記憶が消えていなかったのなら。
「俺たちの任務を見て、忍を続けれるわけがないからな」
お前たちは、記憶が消されていたから、大丈夫だったみたいだけど。
『現』と『朧』の狭間
「何か嫌な予感がすると思ったら、こういうことか…」
暗闇の中、ちっと舌打ちする声がする。
「あのジジィ…そんなに俺らのこと、嫌ってたんだね」
溜息を吐くような…どこか呆れた声が、その場に小さく響いた。
月の光すら途切れ途切れにしか当たらない森の中。
それは、意外な追跡者と遭遇してから数刻の時が過ぎたあとのことだった。
あたりは闇に包まれ、その場は先日降り積もった雪だけが存在する、冷たい場所と化している。
それを、忍服の上から外套に身を包んだ二人の忍が、木々の上から見下ろしていた。
「ナルトと、サスケだったね…」
銀色の髪をくしゃくしゃと混ぜながら、カカシが呟く。
枝の上に立ち遠くを見通すように写輪眼を細め、あたりの気配を探る様子。
それに、彼の横に座っていたイルカが、同じ様に辺りを見渡し、溜息をつく。
「そうだな。…暗部に入ったのか」
思い出すのは馴染んだ服装。
自分たちが好み着ていたあの装束を、彼らも身に纏い面を着けていた。
「あのチビたちがねぇ…。でっかくなっちゃって」
一通りあたりを見渡し、異常がないのを確認すると、立っている枝へと溜まった雪を
足で除け、カカシはその場に座り込んだ。
払い落とされた雪が、音を立て地面へと跡を残す。
先ほど出会った昔の部下。
冷たい気配を纏い、自分たちの元へと現れた。
その姿は、自分たちが知る小さな少年から、もう青年といっていい、
大人の姿へと成長を遂げていた。
忍としてなんら不自由ない体を手に入れ、小さい体には大き過ぎた力を、
存分に操れるだけの器を持って。
目線の高さをイルカと合わせ、カカシは薄く笑みを浮かべた。
「俺らのこと、思い出してたし」
躊躇なく向かってきた気配が、自分たちと出会った瞬間揺らいだ。
戸惑いを大きく表しならがも向けられた殺気は、
あの小さかったころとは比べ物にならないほど強くなっていた。
――今の彼らは、きっと里で不可欠の戦忍なのだろう。
暗部へと入り、あの頃は知らなかった暗殺の任務も、数多く手掛けているはず。
それは、戸惑いながらにも仕掛けられた攻撃の鋭さから、十分に読み取ることができた。
あれは人を殺すことを知った忍の動きだ。
戸惑いで動きが鈍る程度では隠せない、戦忍の動作。
まだ経験的に浅い部分もあるが、確実に急所を狙うその動きが、何よりも彼らの強さを物語る。
――記憶を消しておいてよかったと、その時本心から思えた。
記憶を消したのは…ばれたことを知ったから。
それを黙ってまで、自分たちに生徒としての顔を見せてくれていたことには、思わず感謝した。
それほどまでに、半分以上嘘で塗り固められた顔を見せていた自分たちを、慕ってくれていたのだと。
しかし…そのままに、しておくわけにはいかなかったのだ。
あのまま自分たちが、裏を隠したまま生活し続け、彼らが知っていることを隠し生徒として慕う姿を見せ。
そのまま生活していくことも、できなくもなかった。
あの子供たちはきっと、理解できない存在だと知ったあとも、自分たちを見る目を変えないだろうから。
先生と呼び、忍術を教えられて、普段通りふざけて。
それをずっと続けていくことも、可能だったのだ。
―しかし、それをカカシとイルカが、選べなかっただけで。
あの暗殺を見られてから暫く経ったころ、第七班にまわってきた任務で、
子供たちがカカシを見て怯えたことに気付いた。
それ以前にも、なんとなくでは気付いていたのだ。
子供たちが記憶を消されていない可能性に。
…それでも。以前より偽りが増えた関係であれ、今の日常を手放すのが
少し惜しいと思う気持ちが強かったから。
だから、気付かぬふりをしていたのに…。
どこからか漏れた噂。
きっと、上層部の会話を聞いていた暗部や上忍の誰かが、
妬み半分に漏らしたのだろう。
それは瞬く間に上忍の間へと伝わり、それが中忍まで伝わった。
それに気付いたのは、噂が広まって数日もしないころ。
下忍受け持ちになって戦場に出向くことの減った今、
向けられることの少なくなったあの畏怖の視線を感じ取った。
普段から人のいる場所に行くことが少なかったカカシだが、
たまたまその日用事があり、上忍待機所へと行った。
その時、上忍が十人近くいたが、入ってきたのが『はたけカカシ』だと認識した瞬間、
向けられた気配に変化を起こした。
畏怖。不安…恐れ。
上忍だからこそ感情の隠し方は上手い。
しかし、その上忍の隠した感情ですら、写輪眼は見通してしまう。
正面から向けられることのない感情ですら、恐れや不安、
そういうものが感じ取れてしまった。
近頃向けられることの減ったそれらに、何故今更またと思った。
しかし―その後丁度聞いてしまった『噂』に、なるほどと納得してしまった。
子供たちが見た現場。
それは、里の中で起こったという…。
上忍であるからこそ、暗部にいたカカシとは同じ戦場に立ったこともある。
そして、その相棒の姿も、カカシの横にいたのを見たこともある。
―だから、その残忍さを知っている。
下忍担当になってから、戦場には出ていないということは誰もが予想できること。
しかし―それの代わりに、里の中での任務がまわされたというのは、
上忍たちにとって、衝撃だったのだろう。
この平和な里で、あの戦場で観たのと同じ光景が繰り広げられた。
子供たちが見たことが重要なのではない。
里の中で、惨殺を行ったということが問題だった。
上忍で、カカシたちと同じ戦場にたったことがあるからこそ、
もしその場にいたのがその子供たち以外の場合、
自分たちも抹殺の対象になっていたと理解でき、それを恐れたのだ。
それを再確認した時、ある可能性を思い当たった。
カカシやイルカは、他人と組んで任務を行うことは少なかった。
それこそ、ツーマンセル以外での任務は、年に数えるほどしか受けない。
しかし、その数回の任務ですら、二人と組もうとする相手は、滅多にいなかった。
一度でも二人と組んだ忍ことのあるは、もう二度と近付きたくないとばかりに、
暗部内で所属部隊を変更した。
それが叶わなかった忍も、とにかく関わりをもたぬよう、組むように言われた瞬間、
その他の上位ランク任務を通常の倍以上も請け負って、里から逃げるように出て行った。
上忍たちと同じ任務についた時は、その場にいた5人ほどの上忍、特別上忍が、
忍としての機能を果せなくなったという。
今まで、暗部に誘われるほどの腕だと噂されていた者たちが。
一度組んだだけで、その姿が目に焼きつき、動けなくなったのだ。
調べる気もなかった二人は、任務を果せなくなった忍のその後を知らなかった。
しかし、ふとした風の噂で聞いた話には、
里の中での外部からの侵入を防ぐ部隊や、次世代の忍を育てるアカデミーの教師といった、
簡単な任務を受けるようになり、上忍として上位ランクの任務に
出向くことは殆どなくなっているとのことだ。
里の誇った上忍ですらその状態。
それでは、下忍になったばかりの子供たちなら、一体どうなるだろう?
そう話をし、瞬時に行き着く結論に、思わず溜息を付く。
確実に、トラウマになり忍としての役割は果せなくなるだろう。
まだ人を殺したこともない下忍。
自分たちのしたことの異常性は、一応理解している。
それを悪いと思ったりすることはない。
しかし、子供たちの将来忍としての活動に、確実に影響を与えることは、確かだった。
だからこそ、もう抜けると決めていたこの里に未練はなかったし、
そして子供たちから全てを消すことにも、何の抵抗もなかった。
ただ、この先自分たちの目標に、忍として向かえるようにと、
教師として最後の、先生らしいことをやって。
再開した時の安堵は、
二人が自分たちを覚えておらず、暗部まで上り詰めたことに対して。
しかし途中で思い出した彼らに、
術の掛け方が甘かったのか、と一瞬考え込んだ。
しかし、幾ら動揺していたとはいえ、暗部に長期いた忍がそんなへまをするはずがない。
きっと、それだけ自分たちへの思いが強かったのだろうと、
数年ぶりにあった部下たちに笑みが浮かんだ。
記憶を消されたのに、それを破り思い出すほど、自分たちを慕ってくれていたのだと。
それでも…里へ戻ろうという言葉に、頷くつもりは一切なかった。
暗殺に来たのでもない、再び木の葉へ連れて帰れという命を受けたらしい二人に、
上層部の考えが分かり、思わず眉を寄せた。
他の里の力になるくらいなら、全てを不問に返し木の葉の忍として復帰せよ、とのことなのだろう。
しかし、今更二人には、その申し出を受ける気も、命令に従う気もなかった。
木の葉を抜けて数年した時、自分たちが抜けたことを知り会いに来たミズキに、
音の里へと来いと誘われた。
大蛇丸は暇潰しにくらいはなるだろうと、お前たちを受け入れる気だ、と。
その言葉に、その時はもう少し考えること答えた。
どちらかと言えば、今更木の葉に戻るよりは、音の里に行き新しく生活をする方が
楽しいという思いが強かった。
折角連れ戻しに来てくれたサスケやナルトには悪いが…
・・自分たちは帰るつもりはないと。・・
「行こっか、イルカ」
「あぁ」
枝から立ち上がり、雪を払う。
そして、二人はその場から、音もなく立ち去った。