春に咲く『桜』は霞のように見えて
一面それに囲まれていると、まるで自分が
現(うつつ)から離れて幻…つまりは『夢』の中にいる様に錯覚を起こす。
だから『桜』は『夢見草』と呼ばれて…
人々を『夢』へ誘い続ける…アナタもきっと誘われたのでしょうね
「夢見草」
「冷えますねぇ・・一体、何があるのですか?
「いいから、いいから。きっと見たら喜びますよ。」
そう言いながら前を歩くかかしが振り返る。
先程からこのやり取りが何回も繰り返されているのだ。
一体かかしはイルカをどこへ連れて行こうとしているのだろうか。
吐き出される息は白く、空の闇の中へと溶けていく・・。
辺りは一面の雪景色、月明かりに照らされて煌々と輝いていた。
サクサク・・という二人の足音以外は何も聞こえずに静かだった。
「・・痛っ。どうしたんですか?いきなり止まらないで下さいよ。」
足元の雪に気を取られ、前を行くかかしが足を止めたのにも気が付かずに
その背にしたたか鼻をぶつけてしまった。
「着きましたよ、見て下さい。」
かかしに促されて一歩、前に踏み出した。そしてイルカの瞳に映ったものは・・。
「うわあぁ〜・・」
イルカはそう言うと、呆気にとられたように唯々それを見つめていた。
「ねぇ、喜んだでしょう。」
イルカのその様子にかかしは嬉しそうに呟いた。
二人の目の前には真冬だというのに見事な花を咲かした桜の大木があったのだ。
「ど〜いう訳ですか?」
イルカの問いにかかしは丁寧に答えた。
これは「雪桜」といい通常の桜とは違い真冬のしかも寒さの厳しい
雪の時期に咲く特殊な桜なのだと。
「すごいですねぇ・・。」
そう言うとイルカは桜の方に歩み寄った。
桜は枝に雪を被せながらも淡い桜の花を見事に咲かしていた。
イルカは桜の幹にそっと寄り添うと、優しく語りかけた。
「お前は一人なのに強いんだね・・。」
「イルカ先生・・。」
イルカの呟いた言葉の意味にかかしは押し黙った。
ふっとイルカは顔を上げるとかかしを見た。
「かかし先生、こんなにきれいなところに連れてきて頂いてありがとうございます。」
「いえ・・喜んで頂けたのならそれで。そーいえばこの木「朱神」って呼ばれているんですよ。」
「「朱神」・・へぇ〜それはまたぁ。」
感心したイルカの脳裏に何かの映像がオーバー・ラップした。
どこか似たような場所で自分は似たような光景を目にしたことのあるような・・。
―痛っ・・なんあだこの痛みは。
「イルカ先生?」
どこをみているか分からない視線に気が付き、かかしが声をかけた。
慌てて戻ってきたようにかかしに笑んで見せると
「あ・・すいません。なんかぼ〜っとしちゃって・・あの。」
語尾のほうで聞こえるか聞こえない程度の声をかけると迷ったように口を閉じた。
「はい?どうかしました?」
どうやらかかしの耳にはしっかりと届いていたらしく、イルカは言葉を繋げた。
「あの、つかぬ事をお聞きしますがこの「朱神」と対で
「白神」と呼ばれる桜なんて・・なかったですよね。
あはは・・何言っているのでしょうね、オレ。」
イルカの言葉に本当に一瞬だが、かかしの表情が曇った。それもそのはずだ。
「白神」と呼ばれる桜は存在するのだ・・そうあの狼ノ森の最奥に・・。
「何でそんな事を聞くのですか・・?」
「あ・・いや別に気にしないで下さい。大したことじゃないんです・・
ただ漠然と頭の中に浮いただけの言葉ですから・・。」
どうやらイルカの様子からいって嘘をついているようには見えなかったのだ。
「そうですねぇ・・オレもよく分かりません。すいません。」
いつもの癖のように片手を首の後ろに当てながら、軽く頭を下げた。
その様子に慌てたように「いや、そんな頭なんて下げないでくだい。本当、気にしないで下さい。」
と言い自分も何回も頭を下げた。
「・・帰りましょうかイルカ先生。」
イルカの様子にかかしは笑むと、イルカに手を差し出した。
「え・・な、なんですか?」
差し出された手に躊躇するイルカに構わすにかかしはイルカの手をとると歩きだした。
「ちょ・・かかし先生!?」
「いいじゃないですか、こっちのほうが暖かいでしょ・・ねぇ。」
「は・・はい。」
手を繋ぐという行為に照れてしまうが本当に繋がっている部分は暖かいなぁとイルカは感じていた。
『夢』から無理矢理に覚まされたとしたらアナタはどうなってしまうのですかねぇ?
それでもやっぱり今と同じく笑っているのでしょうか?
それとも‥もっと近くに手繰り寄せることができるのだろうか…?
「失礼します。火影様、一体どういう事なのですか?」
「やれやれ・・かかしよ。おまえが他人に興味を抱いたと聞いて安心しておったがイルカとはのぅ。
皮肉よのぅ・・お前はあやつ、「焔」を嫌っておったというのに。」
火影は煙管を取り出すと、ゆっくりとそれを吸い込んだ。
かかしはその様子を黙ってみていた。
「何もイルカでなくとも。・・分かっておる、なぜイルカに
「焔」の記憶がないかということじゃろ。」
黙ってじっと見つめているかかしの様子に火影は大きく溜息をついた。
「・・あやつは優しすぎたのじゃよ。本来の自分では到底、暗部の任務なんて
末到できる性格ではない。だからわしがイルカに「焔」の名を
やったのじゃよ。もう一人の自分として生きられるように・・。」
そう言うと火影は遥か遠くを見つめていた。
「なぜ、そこまでして彼を暗部に置いたのですか。」
その問いは愚問であろうといった表情で
かかしをみると話しはじめた。
さきの妖狐との戦いで両親を亡くしたイルカは表面上は明るく振舞っていたが、
その心中が穏やかでないのは火影も知っていた。
自分の孫のように可愛がっていたとなれば尚のことだった。
「あやつは・・イルカはバランスを保つ為に内に隠し、徐々に壊れていたんじゃよ。
それにわしが気が付くのが遅かったからいけなかったのじゃ。すべてはわしの責任じゃ・・。」
火影の話によるとイルカは自分の意識外に自分はおろか他人をも壊しかねなかったらしい。
イルカの両親は二人とも上忍であったことからもその潜在能力は桁並外れていた。
もしも彼が本当に自我を手放し暴走をすることになったとしたら、
再び悲劇は繰り返されるだろう・・。
だから彼を暗部に置き、自分の直轄にしていつでも目が届くようにしていたのだ。
それに彼ほどの潜在能力を備えていなければ、こなせない任務が当時は多数存在していたのだ。
お互いの利害は一致していたのだ・・いや正確には
イルカの自己意識外のイルカと暗部とのが・・。
「利用したのですね・・。」
かかしの声には感情が感じられずに無機質に響いた。
「・・そうじゃな。だが、当時のイルカに「焔」としての場所を
与えてやらなければ・・奴はこの里を滅ぼしていたかもしれん。
そして・・自己意識の管理下に戻った時に一番悲しむのはイルカ自身じゃよ。」
「・・「焔」と「イルカ」は違う人格なんですか?」
その問いに火影は顔を横に振った。違う人格ではない・・ちゃんとその時の記憶は持って繋がっていたと。
ただ、「焔」のときはイルカ自身が自分に言い聞かせて忍びとして一道具としてあろうと感情を極限に消すらしい。
「逆にそれが反動を生まないのですかねぇ・・。」
「言ったじゃろ・・。表面的には明るくしていたって・・
人間はどちらかに偏り過ぎてもバランスを失う。
明るく振舞い過ぎたイルカには暗さや冷たさも必要だっだのじゃ・・。:
「それが「焔」ねぇ・・。」
「今はイルカにとって一番平和な時じゃから、そっとしておいてやれ。」
火影の言葉にかかしは答えなかったが、深々と一礼をすると
「御前、失礼します・・。」
と言い去っていった。火影様の言葉は最もだと思う。
しかし、火影様は御自分で仰っていた。暗さや冷たさも必要だと・・。
だとしたら、その部分に当たる「焔」の記憶を失くしている
今のイルカは本当の意味でバランスを取れているのだろうか・・?
人間はどちらかに偏り過ぎてもバランスを失うのなら
今のイルカはその内、バランスを失う・・。
なら一層のこと・・オレの手で。
しかし・・疑問はまだ残っていた。火影様は「イルカ」は「焔」の記憶を持ち、
繋がっていた・・なぜ「いた。」なのだろう?
今のイルカと接していれば「焔」の影すらないことはわかる・・では一体、
いつ「焔」は消えたのか・・。ふと、あの狼ノ森の「白神」が思い出された。
教師をやるようになり、あまり赴かなくなった森に入ってみるか・・
「うぅ・・やはり冷えるなぁ。」
ただでさえ人のいない森は冬の気配に包まれて静寂が森を包み込んでいた。
ザクザク・・という足音と共に雪をかけ分けていった。
そして、かかしの目に雪を被せた慰霊碑の姿が入ってきた。
慰霊碑を前にすると、あの光景が甦った。
あれを最後に「焔」の姿を見ることをなくなったのだ・・。
だとすると、これが何か関係しているのでは・・。
慰霊碑の名に視線を落とすかかし。
数多くの失った戦友の名・・こうして自分が生きているのが不思議な気がした。
いや彼らの躯の上に自分たちは生きているのだろう・・。
そして二つの名に目が留まった。
−嵯模、朔夜・・。あの時、「焔」が口にした名だった。
前者は知っている・・だが後者は・・?
暗部の者について調べる事なんて出来やしないのだが・・この名が何かを握っているのは確かだろう。
ここでわかるのはこれまでかと帰ろうとした、かかしの目に一枝が入った。
―馬鹿だねぇ・・。
季節を間違えたのか一輪の花が雪にまみれて咲いていたのだ。
…お前は一人なのに強いんだねぇ。
イルカの声が耳に思い起こされる・・。
2話目と3話目をくっ付けたら・・思っていた以上に
長くなってしまって・・ビビってます。
読むの大変でごめんなさい・・・Uu
あと、1話でおわりますから〜。